8. 初めての鏡

 叶愛のあんの口ぶりから、22世紀にはワンピースは存在してないように感じられた昂佳こうか

 慣れているはずのウェットスーツのような衣類を脱ぐのはともかく、初めてのワンピースを上手く着られるのか疑問に感じつつ、叶愛のあんの指示通り、廊下で待っていた。


昂佳こうか、私は着替え終えたから入ってよいぞ!」


 ドヤ顔で、両肘を曲げて両手を腰にポーズを決めていた叶愛のあん

 残念ながら、後ろ前に着ているのが一目瞭然で分かり、大爆笑した昂佳こうか


「ははは! そうなる予感がしていたんですよ~、師匠!」


「何を笑っている、この不届き者が!!」


 笑い続ける昂佳こうかに、怒りを顕わにした叶愛のあん


「師匠は、ワンピースを後ろ前に着ているんです」


「やはり、そうだったのか! 最初、正しい向きで着たのだ! ただ、そうすると、ファスナーが上げられなかった! 逆向きならば簡単にファスナーが上がったから、てっきりこうなのだと思ったのだ!」


 赤面しながら、罰が悪そうに言い訳した叶愛のあん


「そういう形のワンピースは、確かに、ファスナーを上げるのが大変そうですよね。僕は、もちろん、着た事無いから分からないですけど。最後だけ、僕が手伝いますから、また呼んでください、師匠」


 恥ずかし気に言い訳していた叶愛のあんが思いの外、可愛らしいと同時に可哀想に感じ、それ以上、笑うのを止めた昂佳こうか

 22世紀の衣類と勝手が違って、困っているところだけ手伝ってあげたい気持ちになった。


「悪いが、そう言ってもらえるとありがたい」


 恥をかいた後なだけに、いつもの血の気の多そうな口調ではなく、意気消沈気味になって言った叶愛のあん


 数分後、後ろ前だったのを直した叶愛のあんに呼ばれ、室内に戻った昂佳こうか

 妹が着ているのは見慣れていたが、正しい向きに着直したワンピースを着た叶愛のあんの姿は、妹が着ていた比ではないほど似合っていて、しばらくの間、思わず見惚れていた昂佳こうか


「なんだ? まだ何か、文句有り気な様子だな、昂佳こうか?」


 見惚れて棒立ちになっていた昂佳こうかが、ハッと我に返った。


「いえ、師匠が、あまりにキレイ過ぎて見惚れてました!」


 恥ずかしくなって、何か言い訳して誤魔化そうとしたが、よく分からない探知器が有るくらいだ。

 もしかしたら、叶愛のあんがウソ発見器なども持参している可能性も有ると思い、正直な気持ちを伝えた昂佳こうか


「何をぬかす、正気か? 何か裏が有るのでは有るまいな?」


「師匠は、本当に疑い深い人ですね~! あっ、そうか、僕の部屋は鏡が無いから、自分からは見えてないんですね。妹の部屋に等身大の鏡が有るから、来て下さい、師匠!」


 昂佳こうかは、叶愛のあんの細い手首を引っ張って、妹の部屋に連れて行こうとした。


「なんだ、この手は? 無礼者!」

 

 叶愛のあんに手を振り払われた昂佳こうか


「あっ、すみません。別に悪気は無いんです、ただ、案内しようと思って……」


 昂佳こうかがペコペコ謝ると、叶愛のあんには急に後ろめたい思いが湧いて来た。


「そんな風にしなくても、私は1人でも歩けるのだからな!」


「はい、確かにそうでした」


 昂佳こうかも自分の行動を恥ずかしく思い、叶愛のあんにあたらず触らずな態度で妹の部屋に案内した。

 等身大の鏡の前まで行き、叶愛のあんの全身が映るようにした。


「これは……!」


 鏡に映し出された等身大の自分の姿を見て、絶句した叶愛のあん


「なんか、師匠の驚き方、大袈裟なくらいですね! まるで、初めて見たみたいですけど……もちろん、師匠の時代にも鏡なんて、フツーに有りますよね?」


「これが、私なのか……?」


 まるで、自分の等身大の姿を見たのが初めてのような反応の叶愛のあん


「えっ! 22世紀には、鏡って無いんですか?」


「有るには有るのだが……こんなではない……こんな鮮明な……」


「22世紀の鏡って、どんななんですか?」


 興味深そうな昂佳こうか


「自分の姿だけではなくオーラや、周りのエネルギーも全て映し出してしまうから、自分の姿は色んなエネルギー越しに、ぼやけてしか見えてない」


 叶愛のあんの言葉に、鏡を見て驚いた様子も納得出来た。


「それじゃあ、今まで、師匠は、自分の美しい姿をハッキリと見た事が無かったのですか?」


「過去の鏡の方が、良いな。余分な物を映さずに済む……」


 叶愛のあんの言葉の中に、思い詰めてここまでやってきた重みが感じられた昂佳こうか


「師匠は、生まれて来る時代を間違えたみたいですね」


 昂佳こうかの言葉に声を出さずに頷いた叶愛のあん

 個性を尊ぶ今の時代か、緋色の瞳が増え出すであろう22世紀よりもっと未来なら、これほど悩む事など無く適応出来ていたはずと思えた。


「いっそ、未来に戻らず、ここで生活するのはどうですか、師匠?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る