11. 叶愛との記憶

「それで、私が、その女子に対して何か危害を加えるかと思って、守りたかったわけだな! 殊勝な事だ」


 冷やかすというわけでもなく、自分と同じ年頃の女の子が、こんなに想われている状態が羨ましく、それに比べ、今の自分の境遇が寂しく思えてきた叶愛のあん


「師匠だって……こんなにキレイなんだから、元の世界に戻れば、沢山の男子達から想われているんでしょう?」


 当然の事の如く尋ねた昂佳こうか


「前に伝えていたはずだ! もう忘れたのか? 私には、想われ人など1人もいない! 私は周りから、不気味がられていたんだぞ!」


 こんなに美しい外見をしている叶愛のあんが、その瞳の色が周りと違う緋色というだけで、叶愛のあんの時代には、誰からも受け入れてもらえないだけでなく、迫害されている。

 腑に落ちないが、どこで価値観が歪められたのか、未来はそうなってしまっている事だけは分かった昂佳こうか


「僕なんかが言っても、説得力が無いかも知れないですけど……僕も、あの子達も、師匠の事は、本当にキレイだと思ってます! 師匠には、もっと堂々と前を向いて、人生を歩んでもらいたいです!」


「確かに、生きている時代が違う昂佳こうかに言われても、全く納得行かぬが……時代を超えていたとしても、例えたった1人でも、自分の味方がどこかに存在しているというのは、何だか不思議だが、悪くない感覚だな……」


 今までの猛々しい言葉しか発さないイメージの叶愛のあんにしては、自分の感覚を顧みるだけでも、前進出来たと感じられた昂佳こうか

 思わず、また叶愛のあんを抱き締めたい衝動に駆られたが、再び千絵達に見られでもしたら、あらぬ疑いをかけられると思い、気持ちをグッと抑え込んだ。


「師匠、僕は、師匠が未来に戻っても、ずっと師匠の味方で有り続けますから! 忘れないで下さい!」


「何とも情けない響きだな! なんせ、私が去る時には、昂佳こうかに部分的記憶喪失ビームを浴びせて去る事になるのだから。昂佳こうかは、私の事など即座に忘れるというのに、私の方は、昂佳こうかを覚えている事になるとは不条理だな!」


 部分的記憶喪失装置の存在を忘れていた昂佳こうか

 前回もその予定だったが、昂佳こうかが運良く、叶愛のあんが所持していたレーザー銃のビームで破壊させていた。


 また叶愛のあんが22世紀から部分的記憶喪失装置を持参しているとしたら、今度こそ、自分と叶愛のあんとの間に起きた事が全て忘れ去られてしまう事になる。


「師匠は、僕の記憶を消すつもりですか?」


「最終的にはそうなるな。そうせねば、我が身が危ういのだから」


 部分的という名前が付いているものの、どこまで部分的の範疇に入るのか、昂佳こうかには分からなかった。


「消去される記憶は、師匠と出逢ってから以降の記憶ですか?」


「そんな長い時間の記憶を空白になどせぬ。昂佳こうかは、心配するな。消失するのは、私に関する記憶だけだ……」


 そう言った時の叶愛のあんには、今までの語気は無く、その表情にも陰りが見えているのを感じた。


「僕は、師匠と出逢ったこの記憶を失いたくない! 師匠の事は、絶対に他言しないから、残しておいて下さい!」


 僅かな時間だったとしても、自分と過ごしたこの記憶を大事にしようとしている昂佳こうかの言葉が、鬱陶しく感じると同時に、喜ばしく思える感情が芽生えていた叶愛のあん

 それは、叶愛のあんが今まで生きて来て、誰にも抱いた事の無い感情だった。


 が、それ以前に、タイムトラベラーにとって遵守すべきは規則。

 現地人と接触した場合、その記憶を抹消するという厳戒な鉄則が有った。


「私の気持ち次第で、規則を曲げる事が出来るものならば、そうしてもおいても良いが、それは無理だ! 第一、昂佳こうかがそこまで、信用できる人物という確信も保障も無いのだからな!」


「僕は、師匠にとって、まだ信用に足らない人物なのですか? 仮にも、師匠の祖先なんですよ! それに、今の時点では、もしかしたら……多分、師匠の事を誰よりも強く想っている人間なんです!!」


 叶愛のあんの両手を力強く握り締めて、力説した昂佳こうか

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