第44話 爺と御伽噺
離れた場所から爆音と振動が伝わってくる。
「────ん……」
朦朧としていたシリウスの意識が、浮上する。目に移る光景は迷宮の天井だ。そこで己が地面に仰向けで倒れていることに気が付く。
「──ッ……ッッッッ!???!」
反射的に身を起こそうとするが、途端に全身から強烈な激痛が頭を直撃し声にならない悲鳴をあげる。痛みに身じろぎしそうになるがその動作すら痛みに変換されてしまう。
目から涙を流しながら、痛みを堪えてどうにか落ち着きを取り戻す。とはいうが、動かなくても猛烈に痛むし、何なら呼吸をするたびに肺が悲鳴を上げている。
何をどうやっても激痛に苛まれてシリウスはしばらく悶え苦しむ。
「やれやれ、随分とまぁ無茶をやらかしたもんじゃな」
聞き覚えのある方にどうにか顔を向ければ、小さくも頼り甲斐のある相棒の姿があった。
「イリ──ぁぅっ!?」
「無理に動くでない。楽にしておれ」
言われた通りに、シリウスは仰向けになって体の力を抜こうとするが、痛みのせいでそれすらままならない。苦笑したイリヤは「よっこらせ」と傍に腰を下ろした。身なりは子供であるが、やはり精神は老人なのだと分かる所作だった。
イリヤは解析魔法を使ってシリウスの体を診ると、あからさまにドン引きした顔になる。
「想像していた通りじゃが、酷いもんじゃなこいつは。制限なしの身体強化を使った反動で、肉も骨もボロボロじゃ。右腕に至っては原型をとどめてるのが奇跡ってレベルじゃぞ。もうちょい深刻だったら、猟兵としては再起不能じゃったな。丈夫に産んでくれた親御さんに感謝しろい」
改めて状態を聞かされたシリウスの顔が青ざめる。当人が思っていたよりもひどい有様だったようだ。
「安心しろ、儂がきっちり治してやる。とはいえ、この場では痛み止めと応急処置が限度じゃな。本格的な治療は明日以降。下手に治しすぎると後遺症が残るな。なぁに、よく寝てよく食ってりゃ、半月で動けるようにはなる」
今のままだと体を動かすだけでも致命傷になりかねない。体力の消費を抑えるために、時間をかけてゆっくりと最低限の処置を施していく。
回復魔法の光がイリヤの手から放たれる。光がシリウスの体に吸い込まれると涙が出そうなほどの痛みがどうにか我慢できる程度の痛みにまで収まった。
「して、あれが無茶の成果か」
イリヤはシリウスから離れた位置に目を向ける。強靭な角を両方断たれ、肩口から逆側の脇までを見事に両断されたミノタウロスの巨体が横たわっていた。
付近には折れた大剣が転がっている。その表面に残っている魔力の残滓から、イリヤは己の考えに間違いがなかったことを読み取る。
「説教したい気持ちは山ほどあるが、この場で言うのは酷じゃろ。おおよそは自覚あるだろうしな。とはいえ、よくぞ生き残った」
「うん、ありがとう」
イリヤの褒め言葉に、シリウスは痛みに引き攣りながらも笑みを浮かべた。
「……それで、そっちの方は終わったの?」
「ああ、仔細問題なくな。手間は掛かったが、それだけじゃったからな」
イリヤの発動した魔法によって、魔人は灰も残さず燃え尽きた。威力を見誤り、イリヤの毛の先がちょっぴり焦げてしまったが、その辺りはご愛嬌だ。
目下の懸念はこれで全て拭えたと思っていい。表にはまだ活性化の影響で増えたモンスターとそれを討伐する猟兵たちの戦いが続いているが、こちらは任せても良いだろう。
「……結局アレは何だったのよ。私は姿は見なかったけど、物凄い魔力と殺気がここまで伝わってきたわ。あんなのヘルヘイズにいる猟兵が総出で掛かっても返り討ちになるわよ」
今更ながらに、イリヤの言葉がまごうことなき真実であると理解させられた。
シリウスを動かせる程度になるにはまだ時間がかかる。表の猟兵がここまで来るのにもしばらくするだろう。
どうした伝えたら良いものか……と、イリヤは頭を悩ませ──。
「そうさな……ここで一つ、御伽噺をしてみようか」
──語られるのは魔王と人の戦いのお話。
始まりは今よりも遥か昔の事。
世に『魔王』と呼ばれる存在が出現した。
天の先からやってきたとも、別の世界からやってきたとも呼ばれてはいるが、実情は定かではない。間違いないのはそれは出現するのと同時に瞬く間に人間の世界に侵略を開始していった。
魔王の手によって生み出された先兵である『魔人』。
数多の動植物が変質し『モンスター』。
これらが村を、街を、国を次々と飲み込み人々を蹂躙していった。
人間たちは当時の技術のあらん限りを尽くし、膨大な犠牲者を出しながらもこれ対抗。全滅の憂き目に遭いながらも、その瀬戸際でついに魔王を討ち滅ぼすことに成功した。
社会はほとんど破壊し尽くされており文明は大きく後退した。だが、人として種は衰退せずにどうにか持ち直すことに成功する。
魔王の出現によってこの世界に『魔』という概念が生じたのだ。
万能とは言い難くもある程度の不可能を可能とさせるこの概念によって、人間は再び社会を取り戻し歩き出すことになる。
しかし、魔王という存在は滅んではいなかった。
人々が数を増やし文明を築き上げていくが、その都度に魔王が復活していく。数百年前後の周期を経て魔王は現れ、世界を滅ぼさんと暗躍する。時にはそれこそ滅亡寸前に及ぶほどの被害を出しながらも人類は踏みとどまりこれを撃退する。
いつの頃か、類稀なる剣技と卓越した魔の才能を有し、人々の総代として魔王に挑みこれを討つ英雄が現れ始めた。
人の
魔王が生じれば、時代の勇者が立ち上がりこれを打ち倒す。長きにわたって繰り広げられる戦いの輪廻。
それの繰り返しが幾たび続いた頃だろうか。
とある魔法使いが、ついに魔王復活の仕組みを解き明かす。
魔王は肉体が滅ぶと『魂』だけの存在となり、世界のどこかで復活を果たす。であれば、その魂を消滅させてしまえば、以降に魔王が世に生ずることはなくなる。
やがて、魔法使いは『魔』を消滅させる決戦兵器『聖剣』を完成させると、これを一人の青年に授け、彼の仲間となって旅をすることになる。
魔法使いは旅の最中に青年に持ちうる全ての技術を授けていった。やがては『聖炎の勇者』と彼の元には、志を同じくする者たちが集った。彼らにもまた、魔法使いは時に道を教え、時に生き方を教えていった。
長く険しい旅を経て、勇者は仲間たちと共についに魔王を討ち滅ぼし、魂をも消滅させることでついに人類と魔王の戦いに真の終止符を打つことに成功する。
だが、その戦いで勇者の仲間であった魔法使いが死を迎えることになった。
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