第11話 爺、洋服を買う


「疲れたのじゃ……」

「ちょっと、だらし無いわよ」

「百歳越えとろうが十代の若造だろうが、きついもんはきついんじゃよ」


 手近な食堂に入ったイリヤは、店員に案内されたテーブルに突っ伏し、項垂れる。シリウスは調子を取り戻したようで、からかうように彼の頭をちょんちょんと突く。


 まとまった金が入ったところで、イリヤたちが次に向かったのは衣類店だ。他でもない、イリヤの服を買うためだ。服を買うだけなら一人でもどうにかなりそうだが、今の時代の貨幣感覚に疎いイリヤは、その辺りの助言をもらうためにシリウスに同行してもらったわけだが、それが大きな失敗だった。


「まったく、いつの世も女子と買い物に行くと疲れるわい」

「あのぐらい普通じゃない?」

「あれを普通と言っとる時点でこの辺りは一生分かり合えんな。まったく、人を着せ替え人形か何かと勘違いしとりゃせんか」


 イリヤとしては、動きの阻害に慣れれば何でもよかったのだが、それを店の店員に伝えたところシリウスが自分に選ばせて欲しいと言い出したのだ。おかげでいくつもの服の袖に腕を通す羽目になった。結局は、年頃の少年が着るような無難なものに落ち着いた。


「短パンをウキウキ顔で持ってきた時には、流石にお前さんとの付き合いを考え始めたわい」

「そうかなぁ。絶対に似合ってたと思うけど」

「あんなのを履くぐらいなら儂は皮を巻きつけたままを選ぶぞ」


 背丈は縮んでも心はジジイのままなのである。外見相応を求められても困る。


「でも、コートはそのままなんだ」

「案外に上物じゃからな」


 着ている物をモンスターの皮から人間の服に着替えても、その上にはイリヤが転生施設に落ちていたコートを羽織っていた。彼のいう通り、非常に出来の良い代物で着心地が良いのだ。


「ブカブカだから、背伸びした子供みたいに見えるね」

「じゃからと言って、その辺りの服屋じゃ針も通せんじゃろうて」


 イリヤはあえてシリウスに説明を省いたが、このコートは非常に頑丈な上に耐水性もあり、加えて通気性も程よくありそれでいて保温性も兼揃えている。


 間違いなく、希少なモンスターの素材に高度な魔法的な処理を施して製作された一品だ。イリヤの知っている貨幣価値で換算すると、それなりの土地に屋敷が立つ程度の価値はあるかもしれない。


「さて、服の問題も解決したところで、これからのついて話し合おうかの」

「これからについて……か」


 イリヤの言葉にこれまで明るかったシリウスの顔に一抹の寂しさが混ざった。


 元々は即席の仲間だったのだ。迷宮の最下層から抜け出すための一時的な契約。迷宮から出られ大きすぎる報酬も得られた今、それを山分けすれば二人が一緒にいる意味は無くなってしまう。


 シリウスにとって、この短い時間は良きものだった。彼女の顔を見てそれを確信できたイリヤは嬉しく思った。


 だからこそ、だ。


「おいおい、なにか勘違いしとりゃぁせんか?」

「勘違い──て?」

「儂は別に、ここではいさよならというつもりはありゃせんぞい」

「え、違うの?」


 てっきり別れ話──と呼ぶといささか語弊はあるが、それに類するものを切り出されると思っていたシリウスが目をパチクリとさせる。


「え、だってイリヤなら私なんかいなくても一人で十分にやっていけるでしょ。常識が無いって言っても、それはすぐに覚えられるだろうし。イリヤの実力なら、私なんかよりもよっぽどに優秀で強い人と組めばいいだろうし。それから──」

「ストップじゃ、ストップ! ……お前さん、自分を卑下し出すと本当に止まらなくなるな」

「うっ!? ──その、ごめんなさい」


 否定的な発言が次々と漏れ出しそうになったところでイリヤが鋭く制止すれば、シリウスが肩を小さくして謝る。


「責めてるわけじゃぁないから落ち込むで無い。……儂は惜しいと思っておるんじゃよ。お前さん──シリウスという原石をこのまま磨かずにいることがな」

「原石?」

「お前さんが己を卑下している理由は分かっとる。じゃから──」


 ガンッと、店の扉を荒々しく開く音で、イリヤの言葉が遮られた。見れば、若い集団──肉体的にはイリヤよりも年上──が入ってくる光景だ。


 話の腰を折られたイリヤは八つ当たりと理解しつつも集団を軽く睨む。だが隣を見れば、のシリウスが明らかに敵意が込められた目色を浮かべていた。


「おおシリウス、本当に生きてたのか!」


 先頭にいた青年が明るい声を投げかけてくる。どうやらシリウスと知り合いのようではあるが、やはりシリウスは今にも剣を手に取りそうな形相を浮かべている。


 そんなことなどまるで気に止めていなさそうな青年が近づいてくる。彼の後にゾロゾロと、仲間と思わしき数人が続く。


「何をしに来たのよ、ベイク」

「さっきギルドに訪ねたらお前の顔を見たという奴がいてさ。まさかと思って探したら本当にいたとは思わなかったよ」

「……それはご丁寧にわざわざどうも」


 青年──シリウスがベイクと呼んだ男の言葉に対して、シリウスは抑揚なく答える。素人目から見ても、それが溢れ出しそうになる感情をどうにか抑え込んでのものだとわかる。


「人を見捨てた薄情なリーダー様がどの面下げて来たわけ?」

「人聞きが悪すぎるな、それは」


 やはりそうか、とイリヤは内心に嘆息した。


 シリウスの様子からして半ば予測はついていたが、どうやらこの一団はシリウスと共にあの迷宮に潜った者たちのようだ。


 ────ギルドで換金を行う際に、一悶着あった。


 どうにも、ギルドでは既にシリウスは半ば死亡扱いになっていたようだ。


 より正確にいえば、迷宮内での行方不明者としてリストに上がっていたのだ。ゆえに、シリウスがギルドに顔を出した時に職員は驚きの表情を浮かべていた。


 生死こそ判明していないが、迷宮で行方がわからなくなる問いことはほとんど死亡扱いに等しい。それが全容が把握されていない迷宮であれば尚更だ。


 それだけならまだシリウスもベイクに対して嫌悪を抱かなかっただろう。


 問題なのは、届出があった日数だ。話を聞いてみれば、シリウスの行方不明届が出されたのは、彼女がモンスターと共に崩落で下層に落ちた翌日だ。


 通常であれば、はぐれた仲間を探して数日を要するところを、ベイクたちは早々に見切りをつけて捜索を断念したのだ。それが意味するところは明白。


 ベイクたちはシリウスを見捨てたのだ。

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