第10話 爺、大いに稼ぐ
ヘルヘイズに辿り着いたイリヤたちがまず最初に向かったのは、猟兵ギルド。
シリウスによれば、いわば猟兵たちの元締めだ。
猟兵たちへ寄せられる依頼の仲介や、逆に彼らが持ち込んだモンスターの遺骸や天然資源の買取業を行なっている。実質的に、猟兵ギルドに見限られると猟兵は自らの手でギルドが行なっていたそれらを全て行わなければならなくなる。犯罪やそれに類する狼藉を働いた場合はギルドそのものが雇っている猟兵から制裁もあるとかないとか。
また、ギルドは猟兵ごとの強さをランク付けしている。これは彼ら自身の強さの目安であると同時に指針だ。持ち込まれた依頼にギルドがランクを指定し、それと同等ランクの猟兵が仕事を請け負うのだ。猟兵が本来の力量から逸脱した難易度の依頼を受け、失敗したりあるいは死亡する危険性を回避する為だ。
話を戻すが、イリヤたちが猟兵ギルドに向かったのは、迷宮で手に入れた『品』を卸すため。そして全てを売り払って得られた額に、シリウスがビビり散らかしているのだ。
「まぁ、ギルドの職員も派手に驚いておったからな。念の為に、奥の方を使わせてもらえて正解じゃったな」
通常であれば、猟兵が素材等を持ち込む納品受付なるものがあるのだが、色々と考えた末に他の者からは目につきにくいギルドの奥を使わせてもらうように頼んだのだ。
応対した職員は最初、一端の口を聞く
そこでイリヤは、他のものからは隠れるように、かつ職員には見える位置で
この組み合わせで何も感じないようであれば、猟兵を相手にするような組織の一員としては失格だ。イリヤの目論見通り、それらを目撃した職員は目の色を変えた。
そして、案内された倉庫で、
もしあれだけの量を表の受付で出していたら。その全てではなくとも、
「で、具体的にどのくらいの額になったんじゃ?」
「……多分、腕利きの猟兵が年単位で稼ぐ位。額が大きすぎて私もよくわからない」
「そりゃ重畳。しばらくは飯と寝食の心配はしなくてよさそうじゃわい」
一人の人間が運べる量や重さには当たり前だが限度がある。通常時でそうなのに、猟兵は武具で身を固めている。どれほどにモンスターを狩ったところで、それをギルドに持ち帰る量には限度がある。収納箱はその辺りの問題を丸っと解決してしまう。なるほど、猟兵にとって垂涎の一品であるのも納得だ。
「誰も、儂らがそんな大金を持っているようには見えないじゃろうて。心配のし過ぎじゃ」
「うぅぅ……その図太さが羨ましい」
いくつも積まれた貨幣の詰まった袋は、余さず
「でもでもやっぱり、分不相応というか身の丈に合っていないというか……」
「だからいうたじゃろ。こいつはおまえさんの成果でもあるんじゃぞ」
「でも、私一人じゃ絶対に無理よそんなの」
「じゃが、儂一人ではこの半分も稼げんかった。何度も言っておるが、お前さんは優秀な戦士じゃよ」
「………………」
イリヤは掛け値無しの賞賛を送っているはずなのに、シリウスの表情は優れなかった。
迷宮でモンスターを相手に戦っている時もそうだ。無事に仕留めた後、イリヤはいつも労いの言葉をかけるが、シリウスはどうにも素直に受け取ってくれない。
時折に「このくらいしかできないから」と抑揚もなく呟くと、没頭するように遺骸の解体処理を行なっていた。子供の体となったイリヤにとっては、シリウスのいう「このくらい」がどれほど有難いことか。しかしどうにもそれが彼女に伝わらない。
猟兵としては未だにそれをよく知らないイリヤには判断しかねるが、少なくとも剣を握るものとしてのシリウスは非常に優秀だ。歳の若さからくる荒削りな部分は多々あれど、それを加味したとしても光るモノをイリヤに感じさせる。
まさしく原石だ。
磨き上げればどれほどの輝きを発するのか楽しくなるほどに。だからこそ、彼女のこの自己評価の低さが気になる。過ぎたる驕りはもってのほかだが、過ぎる謙虚もまたよろしくない。
(おそらくじゃが、これまでの経験が邪魔をしとるんじゃろうな)
素直に賞賛を受け入れられないのは、これまでそう言った経験が不足しているから。働きに見合った対価を得られなかったから。この程度では足りないと常々に思い込んでいるから。そうやって対象のいない負い目によって才能の光が曇っていくのをイリヤは何度も見たことがあった。
(はてさて、どうしたものか)
まだ短期間ではあるが、シリウスには世話になった。シリウスは否定するだろうが、イリヤはそう思っている。それだけにどうしても年寄りのお節介を焼きたくなる。シリウスに光る物を見出しているゆえ、尚更にだ。
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