第20話 爺、教え子と仕事をする


 イリヤとシリウスは共に街の外に赴いていた。


「セイッ!」


 直近に迫ったモンスターの突進をシリウスが跳躍で回避。すれ違いざまに振るった剣が首を刈り取り絶命させた。そんな彼女を狙って別のモンスターが接近するが、爪が振るわれる前にパチンと小気味のいい音が響く。どこからともなく飛んできた風の刃が急所を切り裂くと、血を噴き出しながらモンスターは絶命した。


「イリヤ、助かった!」

「礼なら後じゃて。もっとくるぞ」


 魔法を放ったイリヤがそのまま指差すと、大量のモンスターがこちらに向かってきているのが見えた。


「よっしゃぁ! どんどんかかってきなさい!」

「気合を入れるのはいいが突っ込みすぎるでないぞ」

「分かってる!」


 イリヤの苦言にまるで嬉しそうに答えるシリウス。まるで全身からやる気が滲み出ているかのようである。今が楽しくて楽しくて仕方がないといった具合だ。


「ま、その辺りをフォローしてやるのも指導に携わったものの務めじゃて」


 剣を担ぎ勢いよくモンスターの群れに突入していくシリウスの背を眺めながら、イリヤは手元に魔法陣を浮かべていった。




「こちらが依頼の報酬になります」


 猟兵ギルドの受付がテーブルに置いた盆の上には、積み上がった硬貨だ。シリウスはニコニコ顔でそれらを布袋に放り込んでいく。ジャリジャリという音が稼ぎの量を証明しているかのようにも聞こえた。


「いやぁ、お金が溜まって溜まって仕方がないわね」


 ギルドを後にしたシリウスはニヤニヤと笑っていた。いつかの日に、稼ぎすぎて戦々恐々となっていたのがまるで嘘のようだ。


「もうわかりやすいくらいに調子に乗っておるなお前さん」

「だって仕方がないじゃない。以前の私だったら、あのレベルのモンスターなんて一人じゃ倒せなかったのよ。それが今じゃぁイリヤと一緒とはいえ十体近くも相手にできるなんて……」

「まぁ確かに。前のシリウスじゃどうやっても無理じゃったろうな」


 ────シリウスに魔法の指導を始めてから早くも二ヶ月ほどが経過していた。


 あの無茶な鍛錬が功をなし、シリウスは見事に己の中にある魔法の存在を掴み取っていた。


 そこからは早いものだ。自らの身体強化魔法と向き合った彼女は早速その調整に着手。


 身体強化魔法の制御が形になり始めてからは、猟兵としての仕事を再開し始めた。実戦に勝る鍛錬は無く、シリウスはそもそも実戦の中で無意識に魔法を使い続けていたのだ。イリヤの助言は多少なりともあったものの、わずかな一ヶ月足らずの期間で実戦レベルで対応できるほどの魔力制御を身につけていった。


 次の一ヶ月はそれを戦闘中でも維持できるように精度を上げていくこと。これも今では制限の首輪をつけたまま以前と全く変わらない剣裁きを取り戻していた。


 しかも成果はそれだけには留まらなかった。


「驚いたわ。まさか魔法を使わなくてもこんなに威力が出るなんてね」


 シリウスの首輪は、魔力の出力を半分に抑える程度の効果。そして今の彼女は従来の四分の一で身体強化の魔法を扱うことができる。つまりは魔力に余剰が生まれたのだ。


 そこでイリヤが次に彼女に教えたのは、武器に魔力を纏わせる技法。これを行うことで、武器の強度や切れ味を上乗せすることが可能なのだ。


「効率としちゃぁ魔法よりも悪いが、手間がない分、前線で戦う戦士にとっては十分すぎるくらいに適した常套手段じゃからな」

「でも、今の私にとっては最も欲しかったものよ」


 シリウスがこれまで猟兵として燻っていたのは、魔術機が扱えないことによる攻撃力不足。どれほど機敏に動けたところでモンスターに対する有効打が無ければ壁役に徹するしかなかった。それが今では一人でもモンスターを相手取れる攻撃手アタッカーとしての能力を得たのだ。


 今日はその技法の試験運転のようなものだった。


 仕事の内容は、人の往来がある街道付近に出現したモンスターの駆除。数十匹からなる群れであり通常なら五人以上の猟兵が取り組むような仕事だ。それを難なくこなしたシリアスは、どうやら手応え以上のものを感じることができたようだ。


「儂の時代じゃ、物体に魔力や魔法を上乗せして扱うことを総じて『付与術エンチャント』と呼んでおってな。魔力の付加に関しては、魔法を扱わないものであったとしても戦闘の常套手段じゃったよ」


 流石に身体強化と併用するものは滅多にいなかったがな──とイリヤは心の中で付け加えた。口にするとこれ以上にシリウスが調子付きそうな気がしたからだ。


 とはいえ、これまでのことを考えれば彼女が有頂天になるのも理解できた。それだけに、少しくらいはこのままでいさせてやろうとも考えていた。


「……でもやっぱり、まだ足りないわ」


 と、浮かれっぱなしであったシリウスであったが不意に落ち着きを取り戻した。何事かと思えば、明るい表情から一転して思い詰めたような顔になる。


「あいつらにはまだ届かないわ。ようやくスタートラインに立てたってところかしらね」


 どうやらいらぬ心配だったようだ。シリウスは己の成長を喜びつつも、冷静な思考を完全には失っていなかった。こういう時、明確な目標あるのはありがたい。


「だったら、しばらくは猟兵の仕事を続けるということでいいな。戦闘中にしくじらないよう徹底的に魔法の制御を体に染み込ませるんじゃ。それと並行して身体強化魔法の調整も継続的に行う。意識的に使えるようになった分、暴発の危険性も上がったからな」


「あー、そうよね。あれは本当に痛かった……」


 イリヤの指摘に、シリウスは顔を青ざめさせ冷や汗をかいた。


 彼女が身体強化魔法を意図的に発動できるようになってから少しした頃。彼女は魔力の制御を誤って魔法を暴走させてしまった。その結果、肉体強度の限界を超えた身体強化を発揮してしまったのだ。


 おかげで体の至る所に深刻な負荷が起こり重傷を負ってしまったのだ。イリヤが適切に魔法で処置を行わなければ、今も彼女はベッドで療養を続けていただろう。


 身体強化魔法は運動能力を引き上げる効果はあるが、肉体そのものの強度を増加させるものではない。扱いを間違えば身を滅ぼすこともある。もっともそれは魔法全般に言えること。身に余る力は必ず使い手を傷つける。


 シリウスがあえて制限の首輪をつけたままなのもそれが理由だ。有り余る魔力は魔法の暴発を招きやすい。魔法を覚えたての頃は特にだ。イリヤの言う通り、完璧に魔法の制御を行えるようになるまでは制御の首輪をつけたままということになったのだ。


「私にも回復の魔法が使えたらいいのに」

「回復魔法は難易度が高いからな。初歩的な魔法を身につけてからの話じゃ」

「だったらもっと依頼をこなさないとね」


 どれほど鍛錬を積んだところでそれを実戦で活かせなければ意味がない。それを考えると、猟兵の仕事を請け負うことは理にかなっている。それまでの鍛錬の成果をモンスター相手に試しつつも、成功すれば金銭が手に入る。


 もっとも相手は人の道理の通じぬモンスターだ。生兵法は命取りであるが、そこは歴戦の指導者が同道していればフォローもできる。そう考えると、シリウスは己を高めるための理想的な状況にあると言えるだろう。


「それで、次はどんなのを相手にするの?」

「焦るでないわ。仕事が一つ終わったら一杯引っ掛けて英気を養うのが、物事を長く続けるコツじゃ。とりあえずいつもの店で腹ごしらといこう。収入もあったことだしの」

「一杯って……イリヤが飲むの、いつもミルクじゃない」

「この体になって一番の不満は、酒が飲めなくなったことじゃなぁ……」


 法律で子供の飲酒が禁じられているわけではないが、今のイリヤは盃に一杯の酒を半分程度煽るだけで酒精アルコールに酔ってしまう。この辺りは順当に歳を重ねた後のお楽しみと言ったところだろう。

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