第34話 爺の矜持
教え子の成長ぶりを嬉しく思いつつ、モンスターを狩りながら進んでいくこと暫く。
「さて、聞いていた話だとこの辺りが最深部に着く頃じゃが……」
迷宮の地形は掃討戦に参加した猟兵の全員に共有されている。当然イリヤたちも支給された地図を元に奥へと進んでいた。彼らの現在地は、奥に進むルートの中で最も深い場所へと向かう物であった。
そうして辿り着いた先ではあるのだが、
「……どう見ても先があるわね」
シリウスが見据えた先には、いかにもと言った具合の扉が待ち受けていた。
あらためて地図を広げては見るものの、通ってきた道を省みるとここは迷宮の深奥のはず。扉の存在は記してはいなかった。
「どこぞの馬鹿が報告を怠った可能性は?」
「なくもないけど考えにくいわ。ギルドの規則に反するもの」
この迷宮も活性化が起こる前までは、普通に猟兵がモンスターを狩る為に入り込んでいたはず。であるならば、この扉の存在も用意された地図になければおかしい。
迷宮の規模を把握していなければ、掃討戦の為に用意される物資や猟兵の数も異なってくる。想定よりも広い迷宮となれば、それだけモンスターの規模も大きくなる。
活性化した迷宮に関するギルドへの情報提供は、猟兵にとっては義務事項なのだ。
その辺りはイリヤもギルドに登録する際に口すっぱく言われた。迷宮の存在によって栄えているヘルヘイズにとってはまさしく死活問題だからだ。
まず間違いなく、活性化が始まる前後で出現したのだ。
イリヤはモンスター等の動くものを中心とするものから、地形を把握する索敵魔法に切り替える。が、あからさまに顔を顰めた。
「この辺りに、かなり強力な魔法の迷彩処理がされておる。精度を上げてようやく|違和感(ノイズ)が拾えるくらいの代物じゃ。中に入ればどうにかなりそうじゃが」
「逆を言うと、入ってみない限り何もわからないってことよね」
シリウスの声には緊張が孕んでいた。
この先にあるのは迷宮の未踏区域。それがどれほどの危険を孕んでいるのか、彼女は身を持って味わっている。肩に力が入ってしまうのも無理はない。
「もう一つ悪い知らせじゃ。これは儂の勘じゃが、この先には先日のオーガ並みかそれ以上にヤベェのがいる」
残念なことに、この扉の存在によってイリヤの中にあった悪い予感がほぼ的中してしまったと言ってもいい。何よりも、扉を視界に映した瞬間から、右目の奥が疼いて仕方がない。
「でも、イリヤはこの先に用があるのよね」
「ぶっちゃけ、行きたくねぇんじゃよなぁ……」
「ここまできて!?」
絞り出すような声はイリヤの本音を意味していた。
「つっても、ここで回れ右するとヘルヘイズがほぼ間違いなく壊滅する」
「────ッッ」
あまりにも軽い口調ではあったが、イリヤが意味もなくこんな嘘をつく人間ではないとシリウスもわかっている。
本質的にイリヤは享楽主義だ。楽しいことだけをして生きていたいと言う気持ちがいつもある。その為には労力を惜しまないし、逆にやりたくないことに関しては全力で抗う気質である。
だが、それとは別にもう一つ。イリヤの中には譲れない矜持があった。
どれほど嫌だと感じていようとも、今ここで背を向けるわけにはいかないのだ。それをすれば、イリヤは『彼ら』の仲間ではなくなってしまう。
「もしかして、他の猟兵を無視して強引に先行したのって……」
「下手に数を増やしたところで儂らの戦いには付いてこれんじゃろうて。特にお前さんの動きは、そんじょそこらの猟兵なんぞもう相手にならんからな。邪魔になるだけじゃ」
ついでに言えば、数を揃えたところで犠牲者が増えるだけだ。だがまだ見ぬ『何か』の存在を警告したところで、素直に聞くはずもない。一部の人間には認められつつあるが、やはり一言で信じさせるには到底足りない。ジグムを経て話を通すことも可能だったかもしれないが、時間を要するには変わりない。
シリウス以外の猟兵に特別に思うところはない。見知らぬところでヘマをして命を落としても、多少の気の毒を抱く程度。だからと言って無駄に死人を出したいとも思わない。未然に防げるのであれば手を打つ。
「シリウス。改めて確認しておくが、ここから一歩踏み出したら間違いなく死線じゃ。これまでの鍛錬の地続きとはわけが違う。儂がカバーできる範疇を超えてくるじゃろ。それでもついてくる気か?」
イリヤはここに至るまで何度もシリウスに問いかけてきた。それは年寄りのお節介でもあったのだろうが、今回はその重みが違った。
シリウスは唾を飲み込んだ。気負いはある。緊張もある。けれどもそれ以上に強い気持ちがあった。
「何を今更。ここで怖気付くようだったら、最初からここまできてないわよ」
イリヤもシリウスも躊躇いは無かった。
「帰ったら美味いもんでも食うかい」
「ええ、楽しみにしてる」
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