第45話 爺と相棒


 ──話に出てきた魔法使いが誰か、もはや問うまでもないだろう。


「ところがどっこい。死んだ魔法使いの魂はこの世ならざる場所に昇天する前に、あろうことか魔王復活のために用意されていた施設に転送されることとなる。んで、想定とは違う魂が混入しちまったために、装置に不具合が生じて蘇生に偉く時間がかかった」

「それって……」


 シリウスも察しがついたようだ。イリヤは苦笑しながら、変質した己の右目を指差す。


「しかも、じゃ。魔王の魂は九割九部九厘は消滅していたが、ほんの一欠片だけ残っていたらしい。そいつが死んだ魔法使いの魂と混ざっちまったわけよ」


 つまりはそれが、金に変ずる目の真実。魔王の先兵たる魔人のもつ魔力に反応し、魔王の存在が僅かばかりに浮かび上がったのだ。


 魔人の苛立ちや殺意も当然だ。なにせ、主である魔王の一部を、人間であるイリヤが受け継いでしまったのだから。


「えっと……大丈夫……なの?」

「髪の色が変わるとか、そのくらいの変化じゃよ。痛みはあるがなね」


 シリウスの懸念は最もであるが、イリヤは軽微だと考えている。もし仮に魔王がイリヤの魂を乗っ取り体を我がものにしようとしているなら、転送された施設で魂から肉体を再構成する長い年月の間にやっているだろう。それがない時点で魔王復活の可能性はゼロだ。


「つまるところ、儂がいた遺跡もここも、魔王復活の際に新たに手勢を生み出すための施設だったんじゃ。……つか魔王、復活するたびにこんな場所を作ってたのか。とんでもないな」


 この施設は、魔法復活の際にその腹心──最初の配下となる魔人を製造するためのものだ。


 経験を経た魔人を配置するのではなく、あえて新たに魔人を製造するのには理由がある。


 魔王とはいえ、復活したばかりでは長い年月を経た魔人には負ける。いくら製造段階で魔王への絶対的忠誠を刷り込んだところで、年月を経て自我を獲得し精神的な成長を続けた魔人が、創造主に反旗を翻す可能性は低かろうが十分に考えられる。そのための予防策として、精神的に未熟な魔人を用いることで元々の忠誠心をさらに強固にしていたのだ。


 もっともこれはイリヤの憶測にすぎない。真意は魔王が知るのみであるが、あえて確かめたいとも思わなかった。


「──てちょっと待って。それってこの先にモンスターを生み出す場所があるってことでしょ!? それってやばくない!?」


 イリヤの語った話の全てを理解できていたわけではないが、シリウスもこの迷宮の危険性は把握できたようだ。


 何せ、意図的に活性化及びに大氾濫を起こせるのに等しい。あるいは強力無比なモンスターを生み出すことも可能かもしれないのだ。


「ああ、それなら大丈夫じゃよ。きっちりぶっ壊したから」

「壊したって……」


 こともなげにいってのけたイリヤに、シリウスは呆れる。


 イリヤが最後に使った魔法は、なにも魔人を倒すためだけのものではない。魔人ごとあの広間の設備を破壊し尽くすことを目論んでいたのだ。


「儂が転生した装置は使用耐久は一回こっきり。ついでに必要な賢者の石もないので再稼働は不可能じゃから気にせんでいい」


 魔法と化学の融合学──錬金術において人体の創造というのはさほど難しいものではない。だが、錬金術で生み出された人体は必ずどこかしらに不備が生じる。極端に寿命が低かったり、強度に問題があったりと。

 

 人間に限らず、生命というのは奇跡的な調和の上で成り立っている。この調和を人の手によって成立させるには途轍もない手間を要する。それを可能とするのがあの巨大な装置であり、賢者の石なのだ。


「じゃが、魔人とモンスターの製造装置は、魔力と材料さえあれば使えそうじゃったからな。入り込んだ猟兵が不意に稼働させたり、良からぬものが悪用するリスクを考えれば破壊しちまうのが一番じゃよ」


 当初の予定であればもう少し手間をかけ、床に描いた魔法陣をさらに強力に描く予定であったが、シリウスが単独でミノタウロスを撃破したことによって予定を繰り上げ。残りの不十分を魔力をさらに込めることで強引に組み上げて威力を確保したのである。


 あれ以上時間をかけていれば、身体強化魔法で肉体を破壊し尽くされたシリウスが保たないと判断したのだ。もっともこれは機会があれば伝えることであり、今の彼女に追い打ちをかけることもないだろう。


「一応、口裏は合わせといてくれよ。儂とお前さんが共同でミノタウロスを討伐。奥に向かおうとしたら謎の大爆発が起こって、奥にいく道が塞がれていたとな。ギルドにバレたら色々とやばそうじゃし」

「……まぁ、魔術機であれだけの爆発を起こせるものなんて滅多にないものね」


 一通りの語りを終えたイリヤが息をく。


 そんな彼を見たシリウスは、奥歯を噛む力を強めると、グッと左腕を持ち上げた。


「おいおい、右腕ほどじゃないが左も結構やばいんじゃって」


 慌てるイリヤを無視し、シリウスは痛みにうめきながらも腕を持ち上げると力なくも拳を握りしめ、彼に向けて突き出した。


 イリヤは最初キョトンとなるが、シリウスが何を求めているかを察すると目元を小さく掻き、やがてはニヤリと笑って同じく握り拳を作る。


「お疲れ、相棒」

「ああ。お疲れ様じゃ、相棒」


 こつりと、両者は互いの拳をぶつけ合わせた。


 性別も背丈も、実力も生まれた時代もまるで異なる二人であったが、この時この瞬間は紛れもなく対等であった。

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