第27話 ベイク、過ちに歯噛みする


 バランスを崩したモンスターはいななきと共に地面に倒れる。即座に反転したシリウスはモンスターが立ち上がる前に肉薄すると首筋を長剣で薙ぐ。モンスターはびくりと痙攣すると力尽き動かなくなる。

 

 シリウスの一連の動きを見ていたベイクの仲間は、呆然となった。以前に組んでいた時であれば、彼女の件ではモンスターの角を断ち切るなんて芸当は到底無理だったはずだからだ。


「まだモンスターはいるわよ」


 動きを止めた彼に対して、シリウスはすれ違いざまに言葉を残して走り抜ける。未だ戦っている元へと向かう。ベイクの仲間がハッとなり中を見渡すと、事切れたモンスターが離れた位置でも横たわっていた。彼を助ける前にすでに一体を仕留めていたのだ。



  

「あれが本当に、あの半端者のシリウスか?」


 一部始終を視界の端に収めていたベイクは驚きを口ずさむ。


 今相手にしている鹿型のモンスターは、今のベイクたちにとってはなかなかに手強い相手だ。


 一体であれば問題はない。二体や三体でも作戦を練ればいける。だが六体同時を正面からとなると厳しくなる。それも四人で行動しての話だ。馬車を守りながらとなるとどうしても戦力を分散しなければならなくなる。


 だというのに、シリウスはその手強いモンスターをたった一人で真正面から倒してしまったのだ。もちろん、戦いの勝敗は単純な計算で導き出せる訳ではないが、かつての彼女とは別物であるのは間違いない。


 ──わずかに気を逸らしたのは不味かったようだ。


 ベイクの持つ剣の魔術機は、斬撃の強化だけではなく表面上を赤熱化し熱で焼き切る能力を持っている。最大限に力を発揮するには当然、刃を対象に対して垂直に向ける必要がある。


 赤熱化した刃でモンスターの角を焼き切ろうとするも、入り方が甘かった。両断するには至らずに切っ先が僅かに食い込んだ程度だ。モンスターは力任せにベイクの剣を弾くと、さらに間髪入れず頭を大きく振るう。つまりは巨大な角による薙ぎ払いだ。ギリギリのところで剣を構えて防ぐが体重差は如何ともし難く、ベイクの体が大きく吹き飛ばされた。


「クソッタレが!」


 どうにか受身を取って体勢を立て直すが、運の悪いことに吹き飛ばされたのが馬車の手前だ。


 顔を上げれば、こちらに向けてモンスターが角を向けて突っ込んでくる光景だ。ベイクが良ければモンスターの突進によって馬車が大破する。そうなれば依頼の失敗は必至だ。


 モンスターの突進を正面から受け止めれば、防御したところで痛手を追うのは間違いない。回避か防御か。ベイクがその判断を下すよりも早くに「パチンッ」と小気味の良い音がどこからか響く。次の瞬間、モンスターは見えない何かに殴られたかのように大きく吹き飛ばされた。


「戦いの最中によそ見とはあまり感心せんな」

「──ッ」


 傍からかけられた声にベイクは肩を震わせた。横目で姿を確認すれば、己の胸元程度しか背丈のない小柄な少年の姿だ。


「ああ。安心せい。儂の請負はもう終わっとるよ。暇なので加勢に来た」


 イリヤは何の気なしに言ったその口ぶりからして、もう既に彼もモンスターを一体仕留めたということなのだろう。信じ難いが、その落ち着きぶりからして真実と推し測れる。


「シリウスといいお前といい、一体どうなってるんだ?」

「逃した魚はデカかったというだけの話じゃろうて」


 再度シリウスの方に目を向ければ、シリウスがモンスターをさらにもう一体仕留めている瞬間だった。


「もしシリウスがお前の仲間のままでいれば、仕留めることはできずとも確実に一体は足止めできていた。あるいは二体かのう。それがどれほどに貴重な役割であったのか、解らぬはずではなかろうに」


 イリヤの正論に、ベイクは言い返すこともできず歯を噛み締めるだけだった。


 仲間にいた頃から、ベイクはある一定の評価をシリウスには抱いていた。だがやはり、魔術機を扱えないという点で猟兵としては半端者だと軽く扱っていた。


 ベイクの考え方は、猟兵としては常識的なものだ。むしろ他のものに比べればマシな方だったかもしれない。


 だが、間違いなくシリウスは稀有な能力の持ち主であった。それを、彼女が抜けてから強く思い知らされていた。ただ単に一人抜けた以上の損失があったのを認めざるを得なかった。


「最初から正当な評価を下し、真っ当な信頼関係を築けていたら、もしかしたらあの一件があったとしても、あやつはお前の元に留まる選択をしていたかもしれんな。ま、いまさらシリウスがお前の元に戻るつもりはないじゃろうし。後の祭りじゃがな」


 ベイクの大きな失敗は、既存の猟兵の常識に囚われていたことだった。そこから一歩でも踏み出すことができれば、イリヤの言う通りの結果になっていたかもしれない。半端者としてではなく、猟兵の仲間として正面から接し正当な報酬を与えていれば──。


「──ガキが偉そうなことを」


 面と向かって認められるほどベイクはお上品ではなかったが、失ったものをねだり続けて足踏みするほどにも幼稚ではなかった。


「憎まれ口は結構じゃが、まだ仕事が残ってるぞ。それともあいつも儂がやっちうか?」

「いいや、俺がやる」


 イリヤが吹き飛ばしたモンスターは体勢を立て直すと、後ろ足を蹴ってこちらに目を向けている。迎え打とうと構えるイリヤを手で制すると、ベイクは剣の魔術機を起動し直して走り出した。このままでは美味しいところを全部イリヤたちに持って行かれてしまう。それではどちらが『子守』かわかったものでは無い。


「おぉおおおおおっっっ!」


 後悔も苛立ちも全て、ベイクは剣を握る手に込めて吠え猛った。

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