第17話 爺、草をむしる
シリウスへの指導を開始したイリヤであったが、何もつきっきりで彼女に指導を施すようなことはなかった。
あまり口出しをするのは彼の主義ではない。現段階で必要な情報は与えたつもりだ。あれこれと助言をを与えたところでそれを実際に糧とできるかどうはかシリウス次第だ。結局のところ、今は一人で頑張ってもらうしか無いのだ。
もちろん、困難そうであれば手助けもするつもりだが、おそらく大丈夫だろう。少しばかり時間は掛かるかもしれないが、シリウスなら無事に課題を達成できると信じていた。
さて、そんなシリウスを温かく見守る一方で、イリヤもただ暇を決め込んでいるわけでもなかった。
「薬草の採取とか、魔王が来る前は割とよくやったのぅ」
──イリヤは今現在、森の片隅で草むしりをしていた。
もちろん庭師の真似事ではない。これも『仕事』の一環だ。
今現在のイリヤは、ドラゴンを売り払った報酬をシリウスと山分けしたので懐具合は潤ってはいるが結局のところは住所不定の上に無職である。
別に勤労意欲に目覚めたわけではないが、今後はシリウスと行動を共にすることになると、このままでいると何かと外聞が悪い。シリウスが若い少年を連れ回しているような形になってしまう。
そこでイリヤはとりあえず猟兵になることにした。やはり少年であるということで目立つのは避けられないが、それでも単なる無所属の若造が猟兵と一緒にいるよりはマシであろう。
猟兵ギルドに赴き、申請を出そうとしたが対応した職員はものすごく渋い顔をした。良平になるのに特に年齢制限があるわけでもないが、荒事も多い上に命を落とす危険性のあるこの職を、幼い少年に斡旋するのは躊躇われたのだろう。
だがそこで運良くイリヤも見覚えのある顔が通りかかった。ドラゴンを売却した時に対応してくれた職員だ。
ただ、流石に子供をそのまま猟兵として活動させるわけにもいかず、いわゆるお試しとしてとある依頼を任されることになった。
それが薬草採取である。
「いつの時代も、この手の仕事の始まりは薬草じゃよなぁ」
懐かしさを覚えつつ、昔の記憶を頼りに根を千切らないように薬草を引っこ抜いていく。
イリヤが爺だった頃から変わらぬ種類で、表に出ている葉の部分から地面に埋まっている根の部分まで使い道が多くある。
緊急時にはその辺りに生えている薬草を即席で調合し、負傷部位に塗って応急処置をしたりもする。猟兵に限らず、旅人にも必須の一品である。死に際の危機的状況に陥った際、この薬草のおかげで助かったという話はよく聞く話だ。
手近なところにあった薬草を取り終わったイリヤは、目元に魔法陣を展開する。件の薬草を見つけるために調節した魔法だ。これで薬草がどこに生えているか一目瞭然である。本来であれば、指定された薬草の外見的特徴を把握した上で探すのだろうが、イリヤの手にかかれば魔法で一発だ。
「ちょっとばかりズルな気もするが……自前じゃしな」
早々に割り切ったイリヤは
と、調子に乗って森の奥にどんどん進んでいくと、ふとイリヤが足を止めた。
「ふむ?」
どこかしらから騒がしい音が聞こえてくる。興味をそそられたイリヤはつま先をそちらに向けるとまたえっちらおっちらと歩き出した。
そこからそう離れていない場所、ちょうど良いところに生い茂った草木を見つけると、そっと身を潜める。気配を殺しながらそっと顔を覗かせると。
「おー、やってるのぅ」
繰り広げられているは、人とモンスターの戦闘である。
片方は年若い少年少女たち。数にして若い少年が四人。若いとはいうが、今のイリヤよりは年上だ。シリウスよりも少し下といった具合か。
モンスターの鋭い爪をどうにか回避すると、少年は拙い動きながらも剣を振るう。お世辞にも腰が入ってるとは言い難い動きでありながらも、剣には淡い光が灯っており、モンスターを切り裂く。
負傷によろめくモンスターに、剣を振った少年の背後に控えていた仲間が手にしていた短い杖を振りかざす。先端に嵌め込まれた濁った水晶から、小さな炎が放たれた。体勢を立て直そうとするモンスターに命中すると小規模な爆発が起こり、モンスターの体勢が完全に崩れる。
その隙に、最後に控えていた槍持ちの少年が穂先で急所を穿った。びくりと痙攣し、やがてモンスターが動かなくなる。
戦闘が終わると、少年たちは肩で息をしながら地面に座り込み、互いの健闘を讃える。笑顔を浮かべる彼らはまさに今、青春を送っていた。
一部始終を見ていたイリヤは顎に手を当て考える。
「あやつらが持ってるのが魔術機か」
シリウスから話は聞いていた、この時代において普遍的に広まっている器物。猟兵ギルドでそれに類するものは多く見たが、実際に戦いの場で使用しているのを見るのはこれが初めてだ。
「なるほど、これなら素人でも戦えるというわけか」
きつい言い方にはなるが、あの少年たちのどれもが現段階で腕利きとは程遠いと言わざるを得ない。はっきりいって、体捌きだけを考えるとモンスターと正面切って戦えるようなものではなかった。
それを可能としているのが魔術機なのであろう。
あの杖を持った少年。魔法使いとしての観点から見ればまるでなっていない。魔力の操作が素人に毛が生えた程度だ。
だが、それでも魔術機があれば魔法──いや、魔術が使える。であれば一応は戦えるのだ。
他の面子にしてもそうだ。手に持つ剣や槍はどちらも魔術機。魔術と呼べるような能力は有していないだろうが、それでも素人がモンスターを戦えるようになる力を発揮していた。
「まさしく一長一短じゃな」
魔術機の存在によって今の世の中が回っているのならば、過去の人間であるイリヤが殊更に口出しするのも違うだろう。
「とはいえ、手は出すがな」
イリヤがおもむろに手を振るい、パチンと指を鳴らした。瞬間、放たれた風の刃が草木を薙ぎ払い、未だへたりこんでいる少年たちへと向かう。
──ギョァァァッッ!?
森の中にまた一つ悲鳴が木霊する。
少年たちが付近から発せられた声に驚き、慌ててそちらを見れば新たに出現したモンスターが首から血を流し倒れ伏す瞬間であった。彼らが油断している隙をついて襲い掛かろうと接近していたのだ。
「獲物を仕留めた時こそ、最大限の注意が必要なもんじゃよ。新人がやらかす時の定番じゃな」
イリヤが仕留めなければ、少年たちの誰かはあえなくモンスターに殺されていただろう。あるいは全滅すらあった。別に助ける義理はないが、流石に見捨てるのは寝覚が悪い。
念の為周囲を調べるが、付近にもう危険なモンスターは存在していなかった。彼らが落ち着きを取り戻すくらいの時間は十分にあるだろう。
「せいぜい精進することじゃな」
少年たちに届かないと分かっていつつも呟きを残し、混乱する少年たちを置いてイリヤは静かにその場を去った。
──なお、このイリヤの一連の行動は、森の中で起こった怪談話としてしばしの間噂されるようになるのだが、彼の預かり知らぬことであった。
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