第2話 忌み子と呼ばれた少女

 クロエが”忌み子”と呼ばれ家族に虐げられる日々を送るに至ったのは、数々の不幸の重なりがあった。


 十六年前、ローズ王国辺境の町シャダフ。

 父クレマン辺境伯と辺境伯令嬢の母イザベラの次女として、クロエは誕生した。


 クロエは生まれた直後から背中の広い範囲に青痣があり、それを見た産婆と母イザベラは思った。


 ──この子は、何か呪いにかかっているに違いないと。


 通常、赤子の背中に青痣が生じることは珍しくない。


 だが、クロエの場合は他の赤子と比較して非常に濃かったという事と、シャダフが王都から遠く離れたド田舎で未だに呪いや迷信などスピリチュアルなものに対する信仰が深かった事も相まって、半ば思い込みに近い形で『呪い』として受け止められてしまった。


 ちょうど同時期に町が流行り病や飢饉に見舞われた事も、その思い込みに拍車をかける原因となった。


 「こんな醜い子、気持ち悪い」とイザベラは早々に育児を放棄し、侍女に育児を任せきりとなった。


 幸いその侍女は王都出身ということもあり、その手の呪いや迷信を信じていなかったため、クロエの背中の痣も気にする事なく育て始めたのだがじきに不幸が到来した。


 クロエが誕生して半年。

 父クレマンが流行病にかかり他界したのだ。


 その時の母イザベラのショックは想像に容易い。

 幸い長男が成人を済ませていたため、跡継ぎ問題は解決したものの不幸はさらに重なった。


 次の年、次の年も流行り病の猛攻は勢いを止めず、町の死者は跳ね上がった。


 アルデンヌ家も例外ではなく、イザベラの妹や、次男も病床に伏し他界してしまう。

 イザベラも感染してしまい生死を彷徨ったが、なんとか一命を取り留めた。


 身内が相次いで不幸に見舞われ、自分すら命の危機に陥った。


 その末にイザベラは、こう思うようになる。


 ──この不幸の原因はクロエの呪いに違いない、と。


 人は何か理不尽に見舞われた時、誰かのせいにしたくなるもの。

 元を辿ればその病は王都に生息するネズミを起因とした感染症で、身内の数々の不幸は偶然でしかなかったのだが、イザベラにとっては違った。


 きっとクロエのせいだ、いや、そうに違いない、なんて悍ましい子……。


 やがてイザベラは、クロエを『忌み子』として見るようになった。


 生まれつき感情的で思い込みが強く、心も強くないイザベラは夫や次男の死を乗り越えることが出来ず、イザベラのせいにして鬱憤を晴らす方向へ向かってしまったのだ。


 イザベラは、クロエは忌み子だ、呪われていると公言し始め周囲もそれを信じ始めた。

 忌み子を家から出すわけには行けないと屋敷に幽閉され、外出を固く禁じられた。


 こうして始まる、クロエへの虐め、嫌がらせ。


 「夫が死んだのはアンタのせい!」と激昂するイザベラから始まり、クロエの姉リリーも、使用人も一丸となってクロエに攻撃をし始めた。


 冷静に見てみると、閉鎖された田舎で起こった集団心理の悲劇としか言いようがなかったが、幼いクロエにそんなことがわかるはずもない。


 母に、姉に、使用人たちに、『お前は忌み子だ』と言い続けられてきて、クロエもそれを信じ込むようになった。


 救いがあるとしたら、生まれつきクロエは打たれ強く前向きな性質の持ち主であったということと、生まれてからずっと面倒を見てくれている侍女だけがクロエの味方で、『そんなことはない』と励まし続けてくれたことだった。


 しかし、ひとりの一侍女では出来ることに限界がある。

 

 その上、クロエが十歳を迎える頃にその侍女は身内に不幸があった都合で王都に戻らなくてはいけなくなったため、クロエの味方は誰一人としていなくなった。


 そして最後の不幸。


 普通、青痣は五歳から六歳になるくらいまでには消えて無くなるのだが、クロエの場合は違った。

 元が濃かったせいもあり、歳を重ねるごとに薄くはなっていったものの、十歳を超えてもその跡が残ってしまったのだ。


 普通は残るはずのない青い痣が、ずっと刻まれ続けている。

 それが、クロエを忌み子たらしめる最後の一手となってしまったのだ。


 家族に虐げられ、屋敷内の家事や手伝いを押し付けられ馬車馬のように働かされる日々。


 クロエ・アルデンヌ、現在十六歳。


 屋敷内での扱いは、いまだにボロ雑巾の如く有様であった。

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