第6話 逃走

 クロエは走った。

 全力で走った。


 十六年間お世話になった離れの窓から飛び立って、ゴロゴロと転りすぐに起き上がってから走り出した。


 頭がキンとするようなイザベラの奇声はすぐに聞こえなくなった。

 後ろを振り向かず、ただ前を向いて走り続けた。


 昨晩は睡眠をほとんど取っていなく疲労が溜まっているはずなのに、全身には何故か力が満ち溢れていた。

 

 ど田舎の平野をふんだんに囲って作られたアヌデンヌ家のただっぴろい敷地を横断して、十六年ものあいだ自分を閉じ込めていた塀をよじ登って、乗り越えて。


 領地外へ至る道をただひたすら走り続けた。

 気持ちの良い朝陽を浴びながら前へ、前へ進む。


 先程までクロエを硬らせていた恐怖は霧散し、ただただ圧倒的な解放感が身を包んでいた。


「やった……はぁっはぁっ……やった……はっ……やった……!!」


 浅い息の中で漏れ出る歓喜の声。


 あの実家(じごく)から、自分の意思で逃げ出した。

 自分をガッチリと縛り付けていた鎖を断ち切ることができた。


 その事実が、クロエに言葉にしようがない喜びをもたらしていた。


 左右を後ろに流れていく光景が何もかも新鮮で美しい。

 どこか怖さを感じていた外の世界はとっても明るくてキラキラしていた。


 普段はベットリしていて不快なはずの汗すら心地よいと思った。


 これからどうするかなんて、決めていなかった。

 選択肢が無限に広がっているだなんて、人生で初めてだ。


 でもすぐに、ひとつの行動指針が決まった。


 しばらく走って、後ろに誰も来ていない事を確認してからバッグを開ける。

 

 中からシャーリーに貰った宝物──手書きの地図を開く。

 自分がこれから歩むべき道のりを確認したあと、また走り出した。


 目指す場所は決まっていた。

 ローズ王国の首都、リベルタである。

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