第12話 事情
場所は変わらずリビング。
二人分のポトフを泣きながら平らげた後。
低いテーブルを挟んで置かれたソファに、二人は対面で腰掛けた。
「はしたないところをお見せして、ごめんなさい……」
クロエが深々と頭を下げる。
「気にしないでいい。口ぶりや身体の様子から察するに、色々と訳ありなのだろう」
ロイドがクロエの……ボロボロとしか言いようがない服や肌の傷を見やりながら言う。
「そう……ですね、大変だったんでしょうね、多分」
遠い目をして、どこか他人事のようにクロエは言う。
この二週間で環境があまりにも激変したため、あの実家での日々は悪夢でも見ていたのかという錯覚を覚えていた。
現実感がなかったのだ。
「あっ、私のカバン……」
悪夢じゃない、確かな現実であった証明でありクロエの持ち物の全てを思い出す。
「それならさっきの部屋に置いてある。心配しなくても、中身は見ていない」
「何から何までありがとうございます……」
「それで……」
本題だ、と言わんばかりにロイドが切り出す。
「君の素性は? どこから来た?」
言葉に詰まった。
訊かれて当然な問いである。
むしろよく、素性不明な自分を今まで良くしてくれたものだ。
雨に打たれずぶ濡れでボロボロな少女なぞ、普通に不審者もいいところなのに。
例えクロエが不審者だったとしても、一人で対処できるだけの力があるという自信の現れだろうと推測する。
「……その、親と喧嘩して、家出しちゃいまして……」
咄嗟にクロエはそう言った。
嘘はついていない。
全てを正直に話したら、通報されて実家のあるアルデンヌ領まで連絡が入って。
最悪、連れ返されるかもしれない。
(それだけは……それだけは……)
絶対に絶対に避けたい事態であった。
地獄の日々を思い返し、思わず腕を掴む。
「なるほど、家出……か」
ふむ……とロイドが考え込んだ末に続ける。
「随分と遠くから、家出をしてきたのだな」
「え……」
「バッグに土や泥、そして葉の欠片もついていた。靴もボロボロで、肌にもところどころ木か何かのトゲで切ったような跡もある、そして二週間まともな飯を食っていないとなると……山をいくつも超えてきたのだと推測する」
ロイドの洞察力に、クロエは驚嘆するしかできない。
「……当たっているか?」
「……はい。そうです、ね。ちょっぴり、遠くからやって参りました」
「ちょっぴり、ね」
淡々とこなされていく事情聴取。
こちらの胸中を全て見透かされているようなやりとりに、クロエは内心冷や汗が止まらなかったが……。
(思ったより、深くは訊かれない……?)
親とどんな喧嘩をしたのか、とか。
遠くから、と言っても実際にどの地域から来たのか、とか。
そういった具体的な掘り下げはされず、ふわっとした表面的な事柄だけを訊かれているような気がした。
ロイドの魂胆は、クロエにはわからない。
「では、何故王都に?」
「来たかったからです」
この質問には即答した。
「理由は?」
「……昔、王都はとても良いところだって、教えてくれた人がいて……死ぬ前に一度でも良いから来てみたいと思ったからです」
言葉の通り死ぬ前にだったが、ロイドがそのニュアンスを汲み取るはずもない。
クロエの言葉に、ロイドは小さく苦笑を浮かべる。
「そんな良いところでもないぞ、王都は。ごちゃごちゃしているし、空気も悪いし、先ほど君を襲ったようなチンピラも少なくない」
「だとしても」
ロイドをまっすぐ見つめて、クロエは言う。
「ロイドさんのような、優しくて素敵な方もいらっしゃいます。それだけで、王都に来て良かったなと思えました」
クロエの、ほんのりと淡い笑顔を見て、ロイドはどこか居心地悪そうな表情になった。
「……そうか」
それだけ言って、ロイドはガシガシと頭を掻いた。
(何か私、変なこと言ったかしら……?)
クロエが首を傾げると同時に、ロイドは次の質問を投げかけてきた。
「それで……君は今からどうするつもりだ?」
その問いには、すぐに答えることが出来なかった。
「特に、何も考えてはいないですが……」
「蓄えは?」
「……何も」
しん、と静寂が舞い降りる。
この空気はいけないと、クロエは明るく振る舞う。
「ま、まあ、なんとかなると思います! 人も多いですし、いざとなったら山に戻って山菜でも……」
「どうやら俺の想像以上に、君の現状が悪い事がわかった」
ロイドは腕を組み、しばらく考え込んでから言った。
「とりあえず、今日はここに泊まっていけ」
「え、でも……」
「心配するな。無駄に広い家だからな。部屋の余りはあるし、騎士の誇りにかけて君をどうこうしようなぞ思ってもいない」
そっちではなく、ご迷惑をおかけしまうのでは……という意味の『でも』だったが、新たな情報が耳に入って興味はそちらに移った。
「あの、差し支えながら教えていただきたいのですが……」
「なんだ?」
「ロイドさんのご職業は一体」
「ああ、そんなことか」
大した情報でもないといった風に、ロイドは告げた。
「俺は王都第一騎士団所属の騎士だ。貴族の出ではないから、爵位は騎士伯だがな」
思った以上に凄い人のようだった。
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