第11話 ちゃんと生きてる

「…………っ!?!?」


 本当に美味しい食べ物というものは、言葉よりも先に身体でリアクションしてしまうものらしい。


 やけに広いリビング。

 その中央のテーブルで、ロイドが作った“ポトフ”とやらを口にした途端クロエは目を限界まで見開いた。


 一口目に食べたベーコンの塊は噛んだ瞬間じゅわりと脂が染み出して、スモーキーな香りが鼻腔を駆け抜けていく。

 二口目のにんじんはじっくりと煮込まれているのかほろりと溶けて、素材本来の甘味を存分に感じられた。

 三口目の玉葱も四口目のウィンナーもどれも絶品で、すっからかんだった胃袋が歓喜に震えた。


 どの具材も下地となるコンソメスープをふんだんに吸っていて、程よい塩味と具材から染み出した旨味が食欲を掻き立てる。


 クロエは夢中で、ポトフをはぐはぐとかき込んだ。


「そんなに美味しいか?」


 対面に座るロイドが、クロエの飢えた野獣の如く食いっぷりをしげしげと見つめて言う。


「……っ!!」


 クロエは慌てて口の中のものを呑み込み頭を下げた。


「はしたないところを、ごめんなさい……二週間ぶりのまともなご飯に、つい……」


 実家で出ていた、家族が食べ残しご飯がまともだったかという問題はさておき。

 二週間、冷たくて硬い保存食や川でとれた魚、木の実や葉っぱや木の根っこを食べていた身からすると、文明のご飯は体の深いところに染み渡っていくような美味しさだった。


 加えて、いつも自分が作ってばかりの立場だったから。

 誰かが作ってくれた、という心の調味料が入っているのもあった。


「こんなに美味しいもの……ありがとうございます……」


 心の底からのお礼をするクロエに、ロイドは何やら心地悪そうに頭を掻く。


「ただ具材を切って煮込んだだけのズボラ飯なんだがな……そんな感動されるとは思わなかった」


 そう言って、ロイドは黙考した後。


「ほら」

「えっ」


 すっ、と自分の分のポトフをクロエの方へ。


「で、でもこれはロイドさんの……」

「大丈夫だ、まだ手をつけてない」

「え……いや、そっちではなくて……ロイドさんの分が無くなってしまうのではと」

「なんだ、そんなことか。尚更気にしなくていい。二週間は流石にないが、職業柄三日三晩水だけの生活など普通にあったからな。それに、腹が減ればまた作ればいい」


 相変わらず感情の読めない表情で、どこかズレた事を言うロイド。

 ただ返しても受け取らんぞと言わんばかりの圧を放っていたし、正直なところクロエにとっては非常にありがたい提案ではあった。


 ぐきゅるるるう……。


 コラ! 腹の虫!


「身体は正直だな」


 ふ、とロイドが小さな笑みを口元に浮かべる。 

 クロエは今すぐにでも穴があったら入りたい気持ちであった。


「ありがとう……ございます……」


 恐る恐る、ロイドの分のポトフも受け取る。


 時間が経って少し冷めているはずなのに。

 何故だが器がとても温かく感じられた。


 自分の分を食べ終えた後、二つ目の器にもスプーンを入れる。


「……おいしい」


 先ほど自分が食べた一杯目よりも、ずっと美味しい気がする。


「本当に、おいしい……」


 今度はゆっくりと、味わうように食べる。


 するとその時、クロエの瞳の奥に熱が灯った。

 

 心の奥の方から、何かが込み上げてくる感覚。


 脳裏に、実家での苦痛の日々が。

 この二週間、何度も命を落としかけた経験がフラッシュバックする。


 じわりと、視界が滲んだ。


「お、おい……どうした? 何か苦手なものでも入っていたか? いや、だったら一杯目で気づくはずだよな……」

「ちがっ……違うんです……」


 初めて動揺を浮かべるロイド。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、クロエは言う。


「美味しくて……美味しく、て……ほんと、それだけで……」


 ベーコンも、人参も、ウィンナーも、玉葱も、スープも。

 ちゃんと味を感じられる。


(私はちゃんと、生きている……)


 その事に、心の底からほっとしたし。

 何よりも、嬉しかったのだ。


「……気にせず、ゆっくり食べろ」


 こくりと、クロエが頷く。


 今までずっと、人にする側だったから。

 誰かに優しくしてもらう事も本当に久しぶりで、それもクロエの涙腺を緩ませていた。


 先程よりもしょっぱくなったポトフを、クロエは嗚咽を漏らしながら食べ進めた。


 クロエが食べ終わるまで、ロイドは何も言わずじっと待ち続けてくれた。

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