第10話 起きたら知らない天井でした

 意識が覚醒する。


 すぐにクロエは、自分が見知らぬ部屋のベッドに身を預けている事に気づいた。


(知らない天井……匂い……)


 思考は靄がかかったように朧げで、状況を飲み込めない。

 とりあえず、鉛のように重たい上半身を起こしてみる。


「気が付いたか」

「わっ」


 ベッド脇の椅子にが座っていて、クロエは大層驚いた。

 

「えと! あのあのあのっ……あれ?」

「落ち着け」

「…………はい」


 深く息を吸い込んで、吐き出す。

 それでようやく、ほつれた記憶の糸を解くことができた。


「助けてくださって、ありがとうございます」


 おずおずと頭を下げるクロエに、青年は一言だけ返す。


「問題ない」


 当たり前のことをした、と言わんばかりだった。


 先程の、男三人に対しての大立ち回りを思い出して、クロエの鼓動が早くなる。

 見れば見るほど青年の顔立ちは整っていて、目をずっと合わせてられない気恥ずかしさかあった。


(……って、いけないいけない)


 見惚れている場合ではない。

 まずは状況確認しないとと、クロエは口を開く。


「えっと……」

「ロイド・スチュアートだ。ロイドでいい」

「あっ、はい! ロイドさん。私はクロエ……と申します」


 家名まで言いそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。


 自分は家出の身。

 なるべく、身分は明かさない方が良いだろうという咄嗟の判断だったが、本名を口にした時点で意味なくないかと思わない事もない。


「クロエか、わかった」


 特に不審がる様子もなく、ロイドは受け入れたようだった。

 クロエはホッとする。


「それで、あの……ここは」

「俺の家だ。本来であれば、憲兵の到着を待って保護して貰うのが正式な手続きだろうが、見たところ具合が悪そうだったし、気絶するしで、やむなく連れてきた」

「うっ……何から何までありがとうございます」


 もう一度深々とクロエは頭を下げた。


「気にするな。思ったよりも早く起きてくれて助かった。二日三日起きなかったらどうしようかと考えていた」

「えと、実際のところ私はどのくらい……?」

「五時間ほどだ。本一冊とちょっと分、といったところだろう」


 見ると、ロイドの膝下には一冊の本が置かれている。


「あの……」

「ん?」

「ずっとそこにいらっしゃったんですか?」

「そうだが?」

 

 なんでもない風に言ロイド。


「いつ容体が急変するか分からなかったからな、念のためだ。もちろん、お手洗いには行ったし、並行して夕食の準備もしていたから、ずっと椅子に座っていたと言うわけではないがな」

「そ、そうですか……」


 なんだろうこの、微妙にズレた感じ。


 真顔で淡々と言ったロイドに、クロエは(変わった人だなあ)という印象を抱いた。 

 同時に、つきっきりで見てくれていた事に(優しい人だなあ)とも思った。


「それで、体調は大丈夫か?」

「はい、おかげさまで。熱も下がりましたし」


 元々体力が尽きたところ雨に打たれたため免疫が弱っていただけだ。

 ちゃんと暖かくして一眠りすれば回復する状態だった、とクロエは分析する。


 しかしクロエの言葉に、ロイドは驚いたように目を丸めた。


「物凄い回復力だな。あれだけ熱があったのに」

「あはは……ソウデスネ……」


 元々微熱だった体温が急上昇したのは、体調とは違う別の理由があったわけで。

 もちろん、それを説明しようものならまた顔の温度が爆上がりしてしまうため、口が裂けても言わないが。


「体調も大丈夫と言うことなら」


 一転、ロイドが真面目な空気を纏って言う。


「まずは、君の素性を……」


 ぐうう〜〜。


「…………」

「…………」


 めっ、腹の虫!


「おいまた顔が赤くなってきたが大丈夫か?」

「大丈夫! 大丈夫ですから!」


 仕方がないよね。

 実家から持ってきた食料も尽きて三日三晩食わず食わず(水は川でなんとか)だったのだ。

 胃袋が叫び声を上げるのも無理はない……と、いくら自分を正当化しても恥ずかしいものは恥ずかしい。


 クロエは堪らず、毛布を頭から被った。


 そんなクロエを見て、ロイドは一言。


「……ポトフを作ったんだが、食うか?」

「ぽとふ……?」

 

 口から上だけを毛布から出して、クロエは首を傾げる。


「なんだ、知らないのかポトフ。肉や野菜をコンソメや塩で煮た料理だ。今の寒い時期に持ってこいだぞ」


 ぐううううううぅぅぅぅぅ〜〜。


「…………」

「…………温め直してくる」

「はい……ありがとうございます……」

 

 クロエはもう一度、頭から毛布を被るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る