第9話 青年
(──かっこいい)
現れた青年を見て、クロエはそんな感想を抱いた。
歳は、クロエよりも二つ三つ上だろうか。
凛として落ち着いた佇まいだが、表情に微かなあどけなさを残しているようにも見える。
形の良い鼻筋に、横一文字に結ばれたくちびる。
女性の平均くらいのクロエよりも、頭ふたつ分ほど高い背丈。
筋骨隆々とまではいかないが、身体付きはしっかりしており相当引き締まっている。
闇よりも深い漆黒の髪は短めに切り揃えられ、分けずに後ろに梳き上げられていた。
服装は至ってシンプルなシャツ。
手には買い物帰りだろうか、何やら大きな袋を抱えている。
青年は、ゆっくりと男三人に目を向けてから、最後にクロエを見た。
エメラルドの瞳は美しくも揺るぎない覚悟とナイフのような鋭さを感じさせ、どこか只者ではない印象を抱かせる。
「あぁ? なんだてめえ?」
リーダー格の男が、青年に突っかかる。
全く臆していない事から察するに、男もそれなりに荒事をこなしてきたのだろう。
「見たところ、君たち三人がその女性を無理やり連れて行こうとしているように見えてな……だとしたら、見過ごせないと思って」
青年が言うと、男三人は堪えきれなくなったように笑い始めた。
男の震えがクロエに伝播して頭がぐわんぐわん揺れて気持ち悪い。
ひとしきり笑い終えた後、リーダーの男が言う。
「おいおい兄ちゃん、ヒーローのつもりか? 一丁前に正義感を振りかざすのはいいが、立場ってもんを弁えた方がいいぜ?」
「弱った女性を無理やり連れて行こうとしている下衆野郎に、弁えとやらを説かれても全く響かないんだが」
ぶちいっと、リーダーの男に頭に青筋が浮かんだ。
「てめぇ、どうやらよっぽど死にてえらしいな?」
後ろに控える男二人も、「オイオイありゃ死んだわ」とかなんとか言ってる。
「婦女暴行の上に傷害も加えるつもりか、考えなしめ」
「ああ!? 勝手な言い掛かりすんじゃねーよ! そもそもコイツは抵抗してねえんだ! どう見ても同意の上だろうが!」
ギャーギャー喚く男をフル無視して、青年はクロエに目を向け問うた。
「じゃあ、改めて聞くが……どうなんだ?」
「……え?」
「同意の上か?」
問われて、クロエは一度俯き、震える唇で言葉を口にする。
「……けて」
「はっきりと」
「私を……助けてください……」
「わかった」
小さき頷き、青年がゆっくりと男たちの方へ歩み寄る。
「てめぇ、舐めた真似しやがって」
完全に下に見られている事に怒り心頭となったリーダーが言う。
「こっちは三人だ! やっちまえ!」
「ああ!」
「おう!」
リーダーを筆頭に、男たちは青年に襲いかかった。
男たちから解放され、クロエは身体の自由を手に入れるが力が抜けてしまい膝をつく。
青年に襲いかかる男たちの後ろ姿を、何も出来ないままただ見つめるしかなかった。
──それは、一瞬の出来事だった。
まずリーダーの男のパンチを、青年は頭を少しだけ横にずらす事で回避。
拳が空回りしバランスを崩したリーダーの首の後ろに、買い物袋を持っていない方の手で手刀を一撃加えた。
「がっ……!?」
リーダーの男が呻き声をあげて道に倒れ込む。
「うおおおおっ……!!」
続けて殴りかかってきた手下Aのパンチを、青年は最低限の身のこなしで避けた後、素早く後ろに回り込み背中に蹴りを突き刺した。
「うげえっ!!」
蛙が潰れたような声をあげた後、手下Aもぶっ倒れ戦闘不能。
「こ、この野郎……!!」
瞬く間に二人を戦闘不能にした青年に恐れをなしたのか、最後の手下Bは懐から武器を取り出そうし──た瞬間。
びゅん! ゴッッッ! メリイッ!!
と何かが飛来しぶち当たって肉がひしゃげるような音が弾けた。
「ふべえっ……!?」
手下Bは物凄い速さで飛来した玉葱を顔面に食らい、仰向けにぶっ倒れた。
「…………うそ?」
思わず言葉が漏れた。
ボールを投げた後の構えをする青年を見て、クロエはもう何度目かわからない驚愕をする。
その後、青年は俊敏な動きで玉葱が地面に落ちる前にキャッチ。
何事も無かったかのように、青年は玉葱をそのまま買い物袋に入れ戻した。
「う……うう……」
「いてえ……」
なんとかを起こすリーダーと手下Aに、青年が立ちはだかる。
「まだやるか?」
「ひっ……」
もはや男たちに戦闘の意思は毛ほども残っていなかった。
「お、おい! こいつやべえぞ!」
「ああっ、わかってる……!! ズラかるぞ!」
きゅ~と伸びている手下Bを連れて、男たちは尻尾を巻いて逃げていった。
「……捕獲までは……きついか……」
ちらりと、青年は逃げる男の後ろ姿を見送りながら息をつく。
そんな青年に、クロエは一言。
「す、ごい……」
そうとしか言えなかった。
この人──めちゃくちゃに強い。
身のこなしといい、攻撃の仕方といい、手持ちのものを武器にする機転の効きようといい。
洗練された動きは明らかに戦闘に慣れたプロの動きそのものだった。
ごくりと、クロエが生唾を飲む。
(もしかして私……とんでもない人を……)
そう思った途端、収まっていく雨。
「──っ」
思わず、息を呑んだ。
厚い雲間から差し込む陽光に照らされる青年はとても凛々しくて、綺麗で。
神秘すら感じてしまうその姿に、クロエは一瞬にして目も心も奪われてしまった。
「大丈夫か?」
青年がそばにやってきて膝をつく。
へたりこむクロエと目線を合わせる。
「は、はいっ……あの……」
助けてくれてありがとうございました。
と言おうとしたのに、言葉が続かない。
ぱくぱくと唇が宙を切った。
「顔が赤いぞ、どうした? 熱でもあるのか?」
「はえっ」
ぺたりと、青年がクロエの額に手を当て変な声が出てしまう。
「……ふむ、これは……」
深刻そうな青年。
「結構、いや、かなり熱があるな……どんどん上がっていってる。大丈夫か?」
「ぇっ、あの、その……」
なぜだろう。
まともに顔を見れない。
まともな言葉も喋れない。
心臓のドキドキが止まらない。
顔の温度もぐんぐん上がっていってる。
(あ……これは……まずい……)
「お、おい!」
初めて聞く青年の焦ったような呼びかけ。
しかしクロエの身体は糸を切った人形のように崩れ落ちた。
全身から力が抜けていく。
幕引きの速さで瞼が落ちて、視界がブラックアウトする。
最後に、誰かに抱き留められるような感触がした、気がした。
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