第16話 夜が明けて

「朝だぞ」


 翌日、簡素な言葉と共に目を開けるとロイドの顔が視界に広がっていた。


「ぁ……おはよぅ……ござぃ……ぐう」

「おい、寝るな」

「ふにゃっ」


 額をつんされて声が出てしまう。

 それで一気に目が覚めた。


「おはようございます、ロイドさん」

「寝起きは良い方なのだな」

「田舎は危険が多かったので」


 山で寝ていて何やら不審な気配を感じて起きたら近くに猛獣がいた、なんてこともあった。

 そんな時に二度寝なんてしようものならたちまち朝ごはんにされてしまう。


 クロエの寝起きの良さは、そんな睡眠環境から来たものだったりする。


「俺は今から仕事に出る」

「あ、はい! いってらっしゃいませ」


 ロイドの格好は昨日のラフな感じではなく、白くて何やら色々装飾がついている貴族が着てそうなものだった。


「それじゃ私も、一緒に出ますね」

「……? 何故だ?」

「え、いや、だって……これ以上、居座ってご迷惑をおかけするわけには……」


 クロエが言うと、ロイドは真面目くさった表情で言った。


「そもそも一緒に出る算段だったらこのタイミングで起こしはしない。女性の準備は時間を要すると聞いている」

「い、言われてみると確かに……」


 まだ頭が少しぼけているようだった。


「とりあえず、今日は家で適当に過ごしておいてくれ。夕方までには戻る。今後の事はその後に話そう」


 それだけ告げて、踵を返そうとするロイド。


「あ、あの……!!」


 思わず呼び止めて、クロエは尋ねた。


「なぜ、見ず知らずの私にこんな良くしてくれるんですか? 私が悪者で、家の物を取っていく可能性とかも否定できないのに……」


 自分の状況を不利にする恐れがあるとわかっていながらも、クロエの良心は尋ねずにはいられなかった。


 加えて、助けてくれた恩人にひどい邪推かもしれないが……何か後でとんでもない事を要求されるのではないか、という怖さもあった。


 クロエの問いに、ロイドは少し考える素振りを見せた。

 

 まるで、今までなんとなくしていた事を、改めて言葉にするように。

 しばらくして、ロイドは何でもない風に返した。


「君が……難民の目をしているから」

「なんみんのめ?」


 また良くわからない事を言うロイドに、クロエは首を傾げる。


「三年ほど前の話だ。とある紛争地で土地を追われた難民に、支援物資を届ける任務が友好国の要請であった。その時に見た彼らの目は……夢も希望も何も持っていない、お前と同じ目をしていた」

「なる……ほど?」


(そんな目をしていたの、私……!?)


 ぺたぺたと目の辺りを触るクロエに構わず、ロイドは続ける。


「あの時、俺は思った。彼らを皆、助けることが出来たらどれだけ素晴らしい事かと。だが俺達の部隊の任務は、あくまでも支援物資を届ける事。俺達は要請通り、物資を彼らに運んだが……」


 淡々と告げていたロイドの瞳に、微かな感情が滲んだのをクロエは見逃さなかった。


「それだけでは物資は足りず、後に何千人と餓死したそうだ。随分経った後に、それを聞かされた。俺にはどうすることもできなかった。だが今は……君くらいは、どうにかする事が出来る」


 ロイドの言葉を聞いて、クロエは思った。


(やっぱりこの方は……)


 表情に出にくいだけで、とても優しい方なんだ。

 それもおそらく、どうしようもないくらい。

 

「要するに、俺のエゴだ。本来の立場であれば、俺は君を憲兵に突き出すべきなんだがな……昨日事情を聞いた感じ、それはされたくないのだろう」

「うっ……仰る通りです」


 ロイドの察しの良さにはいちいち驚かされてしまう。


「あと、物を取る云々の話に関しては問題ない、家に盗まれて困るものなんて何もないしな」


 ふ、とロイドは自虐じみた笑みを浮かべた。

 笑うところだったのだろうか。


 クロエが沈黙するのを確認して、ロイドは頷く。


「質問は以上だな。では……」

「あ、すみませんもう一つ!」

「なんだ?」

「私は……一人でいる間、何をすれば良いでしょう?」


 実家にいるときは、常に何かしら命令をされていた。

 王都を目指すという大目標が達成された今、クロエは自分が何をすればいいのかわからなくなっていた。


「……? 別に、好きにすればいい」

「好きに、ですか……」

「皆そうしている」


 その言葉は、クロエの心に妙な響きをもたらした。


「家にあるものは自由に使っていい。昼食はリビングに適当に置いてあるやつを食べてくれ。それじゃあ」

「は、はい! 何から何までありがとうございます」


 そうして、ロイドは部屋を出て行った。

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