第15話 おねむの時間
お風呂から上がるなり、クロエは自分よりずっと大きなシャツに袖を通した。
ロイドが脱衣所に置いてくれたタオルと一緒に挟まれていたのだ。
細やかな気遣いに思わず口元が緩む。
リビングに戻ると、ロイドはソファで本を読んでいた。
「……見違えたな」
本から顔を上げるなり、ロイドは目をぱちくりさせてそう言った。
表情には動揺が浮かんでいたが、クロエは気づかない。
「そうですね、おかげさまで汚れが落ちました」
「そういう意味ではないんだが……」
「……?」
こてりんと首を倒すクロエ。
ロイドが頬を掻いた意図にも、クロエは気づけない。
「なんでもない……初めての風呂はどうだった?」
「はい、天国でした」
「昇天してしまいそうになるほど気持ち良かったと」
「お言葉の通りです。その……シャツ、ありがとうございました」
「流石に君の体格ほどの時の服は取置きがなくてな、ぶかぶかだろうが、許せ」
「そんな、貸してくれるだけで嬉しいですよ……ふぁ……」
「眠そうだな」
「ぃえ……そんなことは……ふあぁ……」
いけない。
身体がぽかぽかと温まったからか、急速に眠気が襲ってきた。
「無理するな。ここ数週間、ロクに寝てないのだろう。先程少し寝たとはいえ、回復し切れるわけがない」
「はは……バレましたか」
「目の下のクマを見てから言え。今日はもう寝るぞ」
「はい……そうしていただけると嬉しいです……」
ロイドが立ち上がる。
その後ろを、トコトコついていくクロエ。
まるで親鳥についていく雛鳥である。
移動した先の部屋は、最初クロエが目を覚ました寝室であった。
「生憎、来客を想定していなくてな。俺はリビングのソファで寝るから、クロエは俺のベッドで寝るといい」
「ええっ……流石にそれは……」
「気にするな。騎士たるもの、どこででも寝れるように訓練されている。むしろソファで寝れるなぞ、森の奥地で夜を明かした時に比べれば雲泥の差だ」
さらっと凄いことをなんでもない風に言うロイド。
クロエの罪悪感を払拭するための言葉だと察して、せっかくの気遣いを無碍にするのも良くないかとクロエは思い至る。
加えて、白いふかふかそうなベッドを目の前にしたらもう駄目だった。
「ごめんなさい……では、お言葉に甘えて」
「気にするな。ああ、そうだ。聞きそびれていたが……君の年齢は?」
「えと、今年で十六です」
「十六か……なら大丈夫か」
「大丈夫、とは?」
「王都では十五から成人として見なされる。……流石に未成年を家に泊めるとなると、立場的にちょっとな」
「ああ、なるほど……って、それは一番最初に聞いておかないと危なかったやつでは……?」
ぽりぽりと、ロイドは困ったように頭を掻いた。
「普通に忘れていた。まあ、越えているのなら問題はないだろう」
冷静で、感情の起伏が少なくて、どこか人間味の薄い印象を受けていたが。
こうして抜けているところを見ると、どこかほっとするクロエであった。
「ちなみにロイドさんは?」
「十九だ」
最初に抱いた印象通りの年齢だった。
三つ上というと姉と同い歳。
それにしては落ち着いていて、大人びていて、姉とは大違いだ。
(というか……十九で第一騎士団って、なかなか凄いことななんじゃ……)
第一騎士団の詳しい立ち位置はわからないが、第一という事は上の地位感がある。
そんなクロエの内心は露知らないロイドが淡々と続ける。
「蝋燭は適当に消しておくといい。後、明日は俺は出勤だから、適当な時間に起こす」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ」
ロイドが部屋を出ていく。
静寂が舞い戻ってきて、じきに眠気が最後の猛攻を仕掛けてきた。
もう何もする気にもなれず、ベッドに潜り込む。
「温かい……柔らかい……」
それに、どこか落ち着くいい匂いがする。
ここは天国だろうか。
やはり、死に間際の夢ではないのだろうか。
今度は自分の頬をつねって確認する気力すら起きない。
ふかふかのマットと温かいお布団に包まれて。
クロエの意識はすぐに闇へと落ちていった。
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