第4話 死にたくない
「どうして、お前はいつもそうなの?」
イザベラにぎらりと光る銀のナイフを向けられ、クロエは反応が遅れてしまう。
実の母に刃を向けられているという状況に現実感が湧かない。
しかし、今しがた打たれた頭の痛みが事実である事を表している。
クロエはショックで頭が真っ白になった。
「お母様……何を……」
「どうしてどうしてどうしてなの!? なんでアンタみたいな愚図が生きていて、夫は、あの子は、死ななくちゃいけなかったの!?」
やっとのことで発した声も、イザベラの言葉によってかき消される。
ヒステリックに叫ぶイザベラに、クロエは何も返す事ができない。
未だかつてないほど浴びせられる殺意に、恐怖で身が竦んでいた。
イザベラの凶行の理由は単純だ。
夫や次男が死んで以降、イザベラにかかる心労や精神への負担は日に日に溜まっていった。
その感情をクロエにぶつけることで解消していたが、その仕打ちをクロエは全て受け入れ、ただ謝ることしかしなかった。
その結果、イザベラのクロエに対する行為はどんどんスカレートしていき……。
ついにイザベラの行動は、凶器を手にするまでに至ってしまったのであった。
イザベラの本心に、娘を手にかけようという感情があったかは定かでは無い。
しかし余裕のないクロエにとっては、実の母が自分を殺そうとしているという受け止め方しか出来なかった。
血走った瞳がギロリと、クロエを睨みつける。
「お前は忌み子なの! 災いしかもたらさない! 生きてちゃいけない存在なのよ!」
イザベラがナイフを振り上げる。
瞬間、クロエの硬直していた身体がただひとつの本能によって突き動かされた。
──死にたくない!!
クロエの身体が動き出す。
死を目前にした彼女の生存本能が、類稀ない反射力を発揮した。
その刹那、今までクロエの身体があった床にナイフが突き立てられた。
とすっと、思ったより間の抜けた音がしたが、クロエにとっては死神の鎌の一振りに聞こえた。
思い切り横に飛んだために、クロエの身体が倒れてしまう。
すぐさま顔を上げると、床にナイフを突き立て四つん這いの姿勢の母の姿が目に入った。
ふー、ふーと、野獣のような息が聞こえてくる。
一瞬の、静寂の間。
娘を仕留め損なったイザベラの首がゆっくりと、クロエの方に向く。
憎悪に染まった両の瞳が、クロエを捉える。
──逃げなきゃ……!!
脳内に響く声。
バクバクと高鳴る鼓動。
全身から噴き出す汗。
もつれそうになる足をなんとか動かして、クロエはその場を逃げ出した。
「待ぢなざい!!」
後ろから母の身震いするような怒号が聞こえるが、構わない。
「くっ……このっ……」
イザベラが、思ったより深く突き刺さったナイフをなんとか抜こうとしている間に、クロエは駆け出した。
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