第8話 三人の男

『いいですか、お嬢様。王都は楽しいところですが、危険なこともあるのです』

『きけんなことー?』

『ええ、例えば……お嬢様のような可愛い女の子を襲う、下劣な連中とか』

『げれつ……ってなあに?』

『……お嬢様には少し、難しすぎたようですね』


 幼き日に、シャーリーが言っていた言葉の意味が今ならわかる。

 できれば身を持っては知りたくなかった。


「おいおい、こんなところで雨宿りかぁ?」


 雨に打たれ蹲るクロエに、男が話しかける。

 どこか耳障りな、不快な声で。


「もしかして家出? だとしたらラッキー!」

「ひゅーっ、今夜は楽しめそうだな!」


 男は三人組。


 ヨレた服に、履き潰した靴。

 ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべ、クロエの身体を撫で回すように見回している。


 先の発言から察するに……シャーリーが言っていた、『下劣』無目的で近づいてきたのだろう。

 

「ほら、立てよ」

「ぅぁっ……」

 

 無理やり腕を掴まれる。

 男の力は想像以上に強くて、体重の軽いクロエはすぐに立たされた。


「う……」

「おっ、よく見たら結構綺麗な顔立ちしてんじゃん!」

 

 歓喜する男の顔が迫る。

 黄ばんだ歯、むせ返るような吐息、ぎらついた瞳。


 普段なら絶対、生理的に受け付けられない。

 だがクロエは反抗できなかった。


 反抗できるような体力はもう残されていなかった。

 せめて道ゆく人々に助けを求めることは出来たはずだが、それはしなかった。


 実家にいた頃、命令され、されるがままだった日々のせいで、クロエの主体性は皆無に近い。

 家を飛び出したのは命の危機に瀕した故の非常な稀なケースで、クロエは本来自分の意思が乏しい人間なのだ。


 ただ人に言われた事を、そのまま受け入れる事に慣れきっているため、誰かに助けを求めて状況を打破するという事に対し人並み以上のエネルギーを必要とするのである。


「おら、行くぞ……って、全然動こうとしねえな」


 正確には動けないのだが、男はクロエが抵抗していると判断した。


 ちっ、と男が舌打ちをする。


「おい、お前らも力貸せや」

「うっす」

「任せろ」


 男三人の力で、無理やりクロエを引っ張る。

 抗える気力はもう残っていなかった。


(……このまま、身を任せてしまおうかしら)


 絶対にロクな事にならない。

 だけど、それでもいいかな、とも思った。


 多分、我慢していたらいずれ終わってくれる。

 たくさん嫌な思いはするだろうけど、命までは取られないだろう。


(どうせあの時、無くなっていた命だし……)


 ほんの一瞬の間でも、自由を手にすることができた。

 それだけでも自分としては上出来だ。


(もう……疲れた……)


 目を閉じ、流れに身を任せようと……。


(……いやだ)


 本音が、ぽつりと心に響いた。


(いやだ、いやだ、いやだ……いやだいやだいやだ……!!)


 今まであれだけ散々な目にあって、挙げ句の果てに見知らぬ男にたらい回しにされるなんて、そんなの……死んでもごめんだ!


 最後にほんの少しだけ残されていた本能が、そう叫んだ。


「誰か……」


 ぴたりと、男たちが足を止める。


「お? やっとなんか喋ったな?」


 ニヤニヤと、男がわざとらしく耳を近づけてきたその時。


「そのへんにしておけ」


 三人の男のものとは違う、凛としていて、芯の通った低い声。

 どこか心地よさを感じるその声に、クロエがゆっくりと顔を上げる。


「なんだあ、お前?」


 威嚇する男たちの視線の先に──今まで見た事のないほどの美丈夫が、険しい表情で立っていた。

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