11

 えっ、と風が声をもらす。何故傷付いていないのか、と。


「全く、止めるならもうちょっと早く止めてくれなきゃ。死ぬかと思ったわ」


 死への恐怖心などは感じられない声、表情、仕草。言葉と感情が一致していないことに、彼らは気付くのか。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだが。


「三人共。後ろを振り返って御覧なさい」


 それまで穏やかな表情で静観していたもう一人、白髪の少年の冷静な声に従うように、三人はそれぞれに桜波の後ろを振り返る。その先には、左肩を剣で木に押さえ付けられた男がもがいていた。

 元々、エミルが狙ったのはこの男だった。先の風を狙っていた様子から、男も彼らに関して何かしらの情報は手に入れていたのだろう。

 この男のことならば、顔と名前くらい当然のように一致しているし、戦い方や特徴もよく覚えている。気配を隠すのが得意な、暗殺向きの殺し屋。だが実際に攻撃をしようというタイミングでは殺気を隠せない。

 昨日のやり取りと今日の戦いから、想定出来たことがあった。だからそれを試すに、男を抑えつけておいた。手甲鉤で桜波が風を庇うかを確認しつつ、左の腰に差していた剣でを止めておく。ただそれだけの、簡単なことだ。

 今が「機」かと、彼らが男に目を向けている間にエミルはスマホを取り出す。そろそろ断りの連絡を入れてもらうよう、パパに伝えておかなければ。

 要件を打ち終わりスマホを仕舞うと、四人の視線がこちらを向いているのに気付いた。こんな隙だらけだったのに、誰も攻撃して来なかったのか。まあいい、何より今はを排除することが先だ。

 誰も動かないのを良いことにエミルはゆったりとした足取りで歩き出した。まっすぐ、風や氷、桜波には見向きもせずに男の方へ向かう。

 肩に突き刺さった剣を何とか抜こうともがく男の至近距離まで来たエミルは、冷気を携えてにっこりと笑みを深めた。剣に手を添えてはグリッと捻り。小さく呻き声をあげる男を、感情の無い瞳と完璧な微笑みで見つめる。


「ねぇ、『影狼えいろう』。お前も依頼されたの? 東間青水の暗殺」


 くすくすと笑う声は、桜波に向けられていたそれよりも遥かに冷たい。だが先のやり取りなど聞いている筈もない男は、冷や汗を流しながらも口を開いた。


「そうだ。聞いた特徴と同じ奴を攻撃……お前が邪魔しなければ殺れていた」


 暗殺仕事をしていると、こういう愚か者をよく見かける。自分と相手の力量の差も分からないだとか、そもそも対象を間違えているだとか。情報収集力の拙さが見て取れるようだ。

 特徴が同じというだけで殺していては金にもならない無駄な仕事も増えるし、何より信用問題にも関わる。この男は、よく今までこの仕事が出来ていたものだ。


「私と言うなら、お前もそうなんだろう? 対象が同じなら、共同戦線と――」

「あたしね、自分の仕事中に横槍入れられるの、大嫌いなの。誰かと一緒に戦うなんて、ぞっとしないわよ」


 冷たくも清々しいほどに美しい微笑みを浮かべたまま、エミルは腕だけを動かして男の肩から剣を引き抜いた。再びあがった呻き声とともに噴き出した真っ赤な鮮血が、エミルの顔と白い和装を汚す。


「あたしの仕事中に無闇に手を出すと、首と肢体を残らずバラバラにしちゃうわよ? 内臓ブチ撒けたくないなら、邪魔しな~いで。ね?」


 無邪気で冷たい声と、返り血を浴びた様相での完璧過ぎる笑顔、そして残虐な言葉が恐怖をより増強させる。まだ血の止まらない肩を右手で庇いながら、男は色を失った顔を機械人形のような動きで何度も縦に振った。


「それから、知らないようだから教えてあげるわ。東間青水はとっくに死んでる。あの愚かな依頼主は、大金積んで死人を殺せと言っているのよ。アナタもあたしと同様、さっさと身を引いた方が良いんじゃないかしら?」

「な、何!? 死んでるだと!? まさか、横取りされたくないからデタラメを──」

「じゃあ、アナタはちゃんと調べたの? 東間青水の、名前以外の情報は? 年齢は? 容姿は? 住居は? 表向きの仕事は? 戦力は? 趣味は?」

「っ……」

「残念ね。本人が存在していなければ、例え似た誰を何人殺してもお金にも実績にもならないのよ」


 自身も、『夢幻桜』の情報だけではそこまでは分からなかった。だがそんなことをわざわざ商売敵に教えてやる義理は無い。

 ただ対象である東間青水は、生死不明ながら表向きには死んだことになっているのだ。そこに関して嘘は言っていない。

 分かったら早く消えて、と言うエミルの笑みに、男は真っ青な顔でそのまま足をもつらせながら逃げ去っていった。


「それにしてもアナタ……迷わずあたしの『爪』の前に飛び込んで来たわね」


 男の背を見送りながら、意識を向ける先を戻す。顔を向けずとも、本人は自分に言われていると分かるはずだ。『爪』というのが手甲鉤のことだとも。


「別に一、二回死ぬ分には構いませんから」

「桜波!!」

「アナタ馬鹿?」


 あまりにもあっさりと返した桜波の言葉に風が声をあげ、エミルまでが振り返って声をあげる。それに驚いた三人が、言葉を失くした様子でエミルを見た。

 ただ一人、白髪の少年──いや、少年ではない。彼は年齢など詳細不明のだ──弦月だけは読めない表情をしている。


「まさかそれを、東間兄弟の為だとか言うつもり? そんなの馬鹿にも程があるわ。

 ――大事に思う者が居るのなら、まずは自分を大事にしなさい! 『誰かの為』なんて言い訳して、簡単に命を投げるようなことしないで!!」


 思わず感情的になる。駄目だ、落ち着け。『氷の刃』はこんなに感情的にはならない。

 思考を巡らせてエミルが深呼吸をしている間に、唯一、何も考えず顔をしかめた風が開口した。


「いや、殺しに来た奴が何故怒る」


 思い切り尤もな突っ込みだが、安易に返すわけにはいかない。素直に話してしまえば、元々殺す気なんてなかった──それなら何故攻撃したのかと問われれば、回答が面倒だ。


「あたし、死にたがりって嫌いなの」


 何とか絞り出した答えは、決して嘘というわけではない。だがそれだけでもない。

 じっと見つめてくる四人分の視線の中から、エミルは弦月の視線を特に嫌い目を逸らした。何でも知っているとでも言うような、見透かすような目が苦手だ。

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