12

「これ」


 無理矢理視線から逃げるようにエミルは懐から封筒を取り出し、弦月に向かって投げた。

 難なく受け止められたのを確認して、エミルはもう一度口を開く。


「信じるか信じないかは好きにすればいい。でも東間青水の暗殺……あたしは断ったわ。アナタ達のことも含めて、もうあたしから手は出さないから。

 それは同じ依頼を受けていた他の殺し屋達と依頼人の情報よ。使うなら使いなさい」


 つい先程まで仲間を狙っていた殺し屋を、誰が信用するというのか。分かっていながら、声からも瞳からも冷たさを消してそう告げた。

 自分なら信用しない。だったら自分が信用されるかどうかなど、考えるまでもなく分かる事だ。そうなった場合、ここで自分は殺されるだろうか。先までの戦いは、本気など出してはいない。遊んでいたも同然だ──互いに。

 そう、桜波も遊んでいるような加減だった。実力は同等と考えるのが妥当だろう。そして同じ程度と思われる者が二人……いや、先程の動きを考えると、エミルよりやや速いかも知れない。勝ち目の無い相手と戦って負ければ、それはすなわち死だ。

 顔には出さずに考え込んでいると、思わずといった様子でくつくつと笑った弦月が、軽く封筒を掲げた。


「では、有効活用させて頂きましょう」

「弦さん!?」


 あっさりとした弦月の言葉に、風が有り得ない、とでも言うような反応を見せる。同じように、エミルも有り得ないと思った。だが当の弦月はただ笑うばかりだ。


「信じるの!?」

「えぇ」


 ころころと鈴を転がすように笑う弦月に、皆が怪訝な表情を向ける。やんわりと目を細めた弦月は、エミルを見つめた。まっすぐ自分を見返すエミルの様子に、満足げに微笑む。


「彼女は嘘吐きですが、今の言葉は嘘では無い、と判断出来ました故」

「……?」

「……自分では、そんなに分かりやすいつもりは無いのだけれどね」

「ほっほっほ」


 思わず苦い表情を浮かべそうになったのを、師の言葉を思い出して何とか無表情を装う。なんともやりにくい相手だ。

 表情を、感情を悟らせるなと教わり、そのように「仕事」をしてきた。その分“エミル”としてはありのままで良いからと。そのように生きてきた。

 こんなに見透かすように扱われるのは初めてだ。

 わざわざ時間を置いて来たのか、また人の姿が増える。写真で見た顔──今回の依頼の対象であった東間青水だ。何か、いや、誰かを肩に担いでいる。

 視線を外さないまま地を蹴り、桜波達からしばらく距離を置いて合流した彼らに向き合う。


「警戒心ってものが無いの? それともこのあたしに、余裕で勝つ気でいた?  ……ほんの数分前まで、あたしはアナタを狙っていたのよ?」

「へぇ、それはそれは」


 嘘だ。それに対峙して分かる、には勝てないと。彼は、東間青水は、何かがおかしい。

 殺す気など無かった相手。だが依頼をキープしたまま、様子見をしていたもの。それに適当な返事を返され、エミルは青水を睨み付けた。

 大抵の者が震え上がるエミルの笑みを意にも介する様子なく、青水はニッと口角を上げる。


「桜波、彼女は俺を殺そうとしていたか?」

「……いいえ」

「だそうだ、ひわ」

「そんなの分かんないじゃん! 実際依頼はあって、報酬は普通の殺し屋にしてみれば高額だよ!? 受けない理由が無いじゃん! ていうかそろそろ降ろしてよ!」


 生死不明の者が生きていることに疑問を抱かないエミルの様子も当然のように、彼は仲間に問いかけた。その問いに、振られた桜波も短く返す。またさも当然のように青水が言えば、今度は彼の肩に担がれていた人物が喚き出した。

 気付かれていた。何故。対象とは別の者に対し殺気を向けなかったからと、それは対象を殺さないという意味にはならない。まして顔を知られているのだ。


「どうしてそんなことが言えるのよ。依頼を断ったのは、ついさっきよ?」

「さぁ、どうしてだと思います?」

「……前言撤回。あたし、アナタ嫌いだわ」

「それは悲しいですねぇ」


 白々しい。何とも思っていない様子で何を言っているのか。

 依頼主よりも、桜波を含めた彼らの方が人として好きだ。ただそれは、こうして見透かされるようなことが無ければの話。

 そこまで、自分に興味を持たないで欲しい。


「『氷の刃』、エミル・クロード。ここからは少し離れた町の、高校生」


 を確認するような口調で、また青水が言う。深いため息を吐き出したのは、未だ肩から降ろしてもらえないままの様子の山吹ひわだった。


「ハァ…………そう。明るくて天然でお人好しで友達も多くて、生まれはフランシカなのに皇語も上手な十六歳のだよ。今の彼女には影も無いよね」


 顔が青水の身体の向こう側なもので、よく見えはしない。だが写真で見た限りではビスクドールのような顔で、人間とも人形とも言えない美しい顔立ちをしていた。

 アーカイブでは有名人でありながら、顔出しは一切していないという『Sleeping Sheep』の一員、そして、


「……情報屋」


 どんな凄腕の情報屋にも、以外の内容は知られていなかった、知られないようにしていた筈の『氷の刃』の情報が、あまりにもあっさり流れているのは不快だ。苦情を申し付けたいところだが、これは『夢幻桜』が対応出来る範囲外ということだろう。

 情報屋。ならば、交渉すべきは彼だろうか。否、見る限り彼らを従わせる発言権があるのは桜波、それよりも弦月。リーダーは恐らく青水の方だ。そう考えれば、交渉相手はこの三人のうちの誰かに絞られる。

 元より頭を使うだとか交渉の類いは悠仁やパパの役割だ、エミルはあまり得意ではない。かと言って馬鹿のつもりも無いが、頭脳戦になれば一人で動くのは不利だ。しかし『氷の刃』は単独の殺し屋でもある。

 長考、末に、はっと気が付いた。


「御厨弦月」


 何故今まで気付かなかったのか。


「アナタ、『夢幻桜』に会ったわね?」

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