13

 優秀とはいえ、『夢幻桜』は一般の情報屋だ。通常の場合で『羊』の情報を得るのは不可能だと言うなら、その向こう側に居る『おんじ』など尚更ではないのか。そんな人物の名を、後からといえ用意した彼は。

 受け取っていた顔写真からの消去法で、白髪の彼が御厨弦月だとは分かった。だとすれば、彼と会った後の悠仁が生きていることになる。どこまでも、何も読めない弦月を見て、エミルは絶望にも似た感情を抱いた。


「あたしが霧崎桜波に接触したのは昨日の夕方。アナタが『夢幻桜』に接触したのは……今朝?」


 交渉どころではない。その前に殺されていた可能性もあるのだ。知らなかったでは済まない程に、彼らを甘く見過ぎていた。

 でもここへ来る直前、新たな情報として『おんじ』の名を言い加えた悠仁は確かに生きていた。目の前に立っていた。つまり、ということ。

 無条件に生かしはしないだろう。仲間の情報を知ってしまった、者ということになるのだから。そしてそれはエミルも同様で、今この状況下で生かされているということは。


「取引をした?『夢幻桜』やあたしの命と引き換えに? でも『孤高の月』を相手にそんな取引材料を持っているとは……」


 そう、持っている筈など無い。だがこれ以上は「情報屋の領域」に深入りすることになる。それはそれで危険だ。殺し屋とて、情報屋の中でのは適用されるのだから。

 考えてはいけない。かと言って、思考を止めてはいけない。ここから先、どう動くのが正解なのかを考えなければ。

 考えて、考えて……


「…………」


 ふと、エミルは知れず入っていた身体の力を抜いた。


「無駄ね」

「はい?」


 終始笑顔でエミルの様子を見ていただけの弦月が、緩く首を傾ける。その姿にも、エミルにはただ乾いた笑みが滲むだけだった。


「いくら思考したところで、アナタの掌で踊らされるだけだわ。そうでしょう? 御厨弦月」

「其れは如何どうでしょうか」


 小憎たらしい程にきれいな笑みだ。『氷の刃』にも負けずとも劣らない。

 どう転ぶにせよ、既に取引が成されているならば今更の交渉など無意味だろう。それにどういうわけか、命だけは保障されているらしい。ここで事を荒立ててまた悠仁を危険に晒す必要も無い。

 この先どうなるかはまだ分からないが、何も言われないならばこれまで通りにするだけだ。


「とにかく、もうお互い用は無いってことでいいかしら? 帰ってもいいわよね?」

「ええ、お気を付けて」

「は!? ちょっと弦ちゃん!?」


 好々爺と笑う弦月の短い言葉に、またひわが青水の肩から喚き出した。先程までも時々青水の背を叩いている様子があったが、それは先の様子から「降ろせ」という抗議だろうと考えて。今回に関しては、「何故敵を帰そうとするのか」といったところか。

 持っていてはいけない情報を持っている者を、何をするでもなく、無傷で帰す。それは情報屋にとっては恐ろしいことだろう。不満を漏らすのも分かる。

 だがそこに関しては、エミルにとっては知ったことではない。四面楚歌この状況で五体満足で帰れるならば、早々に退散させてもらうだけだ。

 そう思っては六人の男達に背を向け、歩き出してはすぐに気付いた。自分ではない誰かを狙う殺気。飛んで来る武器エモノ。もし自分が避ければ、後ろに居るのは──


「──っ」


 避けることの出来る余裕は、当然あった。ヒュペリオン体質の反応速度は馬鹿になど出来ない。

 だが、避けなかった。

 結果、飛んで来た武器──長槍は、エミルの脇腹を貫いた。

 腹に刺さった瞬間に叩いて軌道を変えたことで、それはエミルを串刺しにしたまますぐ近くの地面に突き刺さる。

 パタパタと自分の血が地面に落ちるのを確認し、長槍コレによって傷付いた者はと認識してから、エミルはゆっくりと意識を手放した。


 アイスとしての自分──『氷の刃』は、殺し屋だ。だから、

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