02

「エミルちゃん帰るのー?」

「うん。ばいばーい」

「またねー!」


 子ども達が各々部活をしている高等学校の校庭を抜けて、一人の少女が無邪気に笑いながら帰って行った。

 誰も彼女に「また明日」とは言わない。彼女が次に来るのが「明日」とは限らないから。

 この国の高校で、明らかにスメラ名ではない名前と、皇人らしからぬ容姿も今や校内の誰もが慣れたことだ。

 少女は名をエミル・クロードといった。

 いつもと変わらず校門をくぐり、軽い足取りで馴染んだ通学路を歩く。

 途中、よく寄り道する雑貨屋の前を通ったが、今日は寄らないことにした。今は忙しい筈だと知っている。邪魔は出来ない。

 そして辿り着いたのは、庭の広い純和風家屋。ここが彼女の今の家だ。


「お帰り、エミル」

さとし! ただいま、おかえり!」

「ああ、ただいま」


 この家の主であり、エミルの育ての親でもある金井かない聖。今日は確か早朝から出かけていたはずだが、どうやらエミルよりも先に帰っていたらしい。


「手を洗っておいで。今日は松の剪定を手伝ってもらえるか?」

「はーい!」


 広い庭には季節ごとに様々な花が咲く。家のすぐ隣に店を構えて花屋を営んでいる、聖の商品であり趣味だ。ここ数年はエミルもともにその世話をするようになった。

 手を洗い、軍手と剪定バサミを握っては聖を追って庭に出る。松の傍に行くと、まずは少し前から目を付けていたものを見た。


「聖、見て! こんなに大きくなったよ、松ぼっくり!」

「ああ、そうだな。開いてきたら取ろう。玄関飾りを作るのに丁度いい」

「うん!」


 笑い合う様子は、まるで本物の親子のようだ。まだまだ幼さを残すエミルを可愛がる聖もまた、十分親バカと言えるだろう。

 この家には聖とエミルと、もう一人住んでいる。十年ほど前、エミルと同じ頃に聖が拾って来た男の子──今は成長し成人男性となったが、その人物との三人暮らしだ。

 通学路にある雑貨屋は、その同居人が店員として働いている。元々は彼も聖の花屋を手伝うと言っていたが、自分の楽しみだからと聖が断ったのだ。

 それに、花屋よりもしたいことがあるのだろう、と聖が言えば、図星を付かれた彼は大人しく黙るしか無かった。

 いつだって、聖はのことをよく見ている。そして最善へと導いてくれる。だから二人とも、聖が好きなのだと言った。

 各々思うことは口にしよう。そう約束したのは、聖が二人を引き取って間も無くのある日のことだった。


「そう言えばさっき、海斗かいとから連絡があった。少し経ったら来て欲しいとのことだったから、松の剪定が終わってから行けばいい具合だろう」

「分かった」


 ザクザクと松の葉の不揃いな枝を切りそろえながら、エミルは聖の言葉に短く返す。背を向けあってそれぞれの手入れをしていても、お互いの行動は手に取るように分かった。


悠仁ひさひとが呼んでるって?」

「ああ。頼んでおいたものが出来たらしい」

「そ。思ってたより遅かったね?」

「……俺から見れば、随分早かったと思うがな」

「? そうなの?」


 手元は止めない。話に出た海斗が同居人のことだ。名を空目うつめ海斗という。そして悠仁というのが、上埜うえの悠仁──雑貨屋の店主だ。よく頼み事を聞いてくれる、心強い味方と言うべきか。

 さて、とにかく呼ばれているのなら急がなければ。かと言って仕事を雑にしてもいけない。剪定は美しく仕上げつつ、手早く。

 プロの技には程遠い自分の腕を見て、エミルは納得がいかないように頬を膨らませた。

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