08
その日のうちに、動くことにした。まだまだ情報は足りないが、相手が『夢幻桜』の言う通りだとすれば猶予は無い。せめて先手を打たなければ、彼と自分の命が危うい。
それに、先程失せ物にも気付いてしまった。とても大切なものだ、失くしてそのままには出来ない。
「行くのか」
「うん」
「大丈夫なのか? 今回の奴って、かなり……」
「そだね。でもまあ、何とかなるよ」
金井家の一室で、心配そうに声をかける海斗ににっこりと笑いかけてから、エミルは白い和装を羽織った。
「受けるわけじゃない依頼で下手な『仕事』はしないわ」
服を整えながら言う彼女の顔にはもう『エミル』の影は無かった。『氷の刃』と呼ばれる殺し屋の冷たい声と瞳は、何度もその姿を見てきた海斗をも震えさせる。
セットして横に流していた前髪を降ろし、長い髪を三つ編みにして、白い肌は濃い色のファンデーションで色黒に見せる。首に大判の襟巻きを巻いて顔の下半分を隠し、両の腰に一振りずつ剣を差せば、準備は完了だ。
「行くわね」
そう呟いて、殺し屋の顔をしたエミルは家を出た。
いつも「行ってきます」ではなく、「行く」とだけしか言わない。帰ってくる保障の無い言葉だけを残して気配と姿を消す。
「…………」
分かってはいる。彼女はいつもそうだ。再会をにおわせる言葉は一切使わない。出かける度――
本当の意味で彼女が「行って」しまうのは、いつだろう。
怯えながら、でも本人に言うことなど出来ず、彼はただ持て余した不安のやり場を探していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます