08

 その日のうちに、動くことにした。まだまだ情報は足りないが、相手が『夢幻桜』の言う通りだとすれば猶予は無い。せめて先手を打たなければ、彼と自分の命が危うい。

 それに、先程失せ物にも気付いてしまった。とても大切なものだ、失くしてそのままには出来ない。


「行くのか」

「うん」

「大丈夫なのか? 今回の奴って、かなり……」

「そだね。でもまあ、何とかなるよ」


 金井家の一室で、心配そうに声をかける海斗ににっこりと笑いかけてから、エミルは白い和装を羽織った。


「受けるわけじゃない依頼で下手な『仕事』はしないわ」


 服を整えながら言う彼女の顔にはもう『エミル』の影は無かった。『氷の刃』と呼ばれるの冷たい声と瞳は、何度もその姿を見てきた海斗をも震えさせる。

 セットして横に流していた前髪を降ろし、長い髪を三つ編みにして、白い肌は濃い色のファンデーションで色黒に見せる。首に大判の襟巻きを巻いて顔の下半分を隠し、両の腰に一振りずつ剣を差せば、準備は完了だ。


「行くわね」


 そう呟いて、殺し屋の顔をしたエミルは家を出た。

 いつも「行ってきます」ではなく、「行く」とだけしか言わない。帰ってくる保障の無い言葉だけを残して気配と姿を消す。


「…………」


 分かってはいる。彼女はいつもだ。再会をにおわせる言葉は一切使わない。出かける度――

 本当の意味で彼女が「行って」しまうのは、いつだろう。

 怯えながら、でも本人に言うことなど出来ず、彼はただ持て余した不安のやり場を探していた。

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