氷は羊と踊る
水澤シン
01
届いた依頼の内容を確認して、その殺し屋は眉をひそめた。何となく、気に入らない気配がする。
「報酬は?」
「かなり良いな」
「……チッ」
「気に入らない」は現時点では直感的な部分でのことだ。ならば報酬が良ければ受けることの方が多い。勿論、全てとは言わないが。
依頼人との仲介者は何も悪くないのだが、思わず舌打ちを零してしまう。報酬が一定以下なら有無を言わさず断るところだったのに、と。
「仕方ないわね。まずは『彼』に情報を取らせましょう。話はそれからよ」
いつも通り、お抱えの情報屋を介するところから始めよう。
今回は依頼人についても調べた方が良いかも知れない。どうにも不快だし、嫌な予感もする。
何も無ければそれで良いが、こういう嫌な直感は当たるものだ。安易に杞憂だと軽視しない方がいい。
「パパ、対象と依頼主についての情報を頼んでおいてもらえる?」
「ああ、分かった。その間に先の依頼を済ませて来るか?」
「そうするわ」
端的に必要なやり取りだけをして、殺し屋は白い衣を翻し、音も無くその場を離れていった。
- * - * - * -
ガチャリと玄関扉が開き、入って来たのは一人の男性。機嫌が良さそうな様子で、自宅故か警戒心の欠片も無い。
いつもの静けさの中に不穏な気配があるなど、露ほども思っていない様子だ。
電気を付けては手に持っていた鞄と買い物袋をダイニングのテーブルの上に置き、呑気に鼻歌なんて歌いながらネクタイを引っ張る。
──リン……
「ん?」
耳の端に鈴のような軽やかな音を捉え、男性は初めて家の中の違和感に気付いた。
変わったところは無い。今朝、自分が家を出たその時のままの室内。だが何かがおかしい。
人の気配がするわけではない。それなのに、奇妙な寒気がした。
「──『太陽の御手』塩川
「!?」
声のした方を振り返──ることは、出来なかった。その前に男性の胸には剣が貫通していて、痛みよりも先に訪れた驚愕と共に、すぐに意識は沈んで行った。
ズルリと剣が抜き取られると、その身体は重力に従い床に伏す。とうに息絶えた男性の手首を、また同じ剣が腕から切り離す。
それを掴んだ細い指は、白い衣から伸びている。そのか細さからは、剣を握っていたのがその人物で、手首とはいえ骨を断つ程の力があるとは思えない。
掴んだ遺体の手首から滴る血でその場にササッと絵を描き、済むなり振り返りもせず後ろにあるゴミ箱に放った。
ふと、殺し屋は男性の内ポケットの膨らみに気付いて再び手を伸ばした。中身を抜き出して見ると、なかなかの厚さの札束。
なるほど、と理解する。
この男は情報機関『アーカイブ』の一員だ。大方、金に目が眩んで口軽く余計な情報をペラペラと喋ってしまいでもしたのだろう。そして口封じに殺し屋に暗殺依頼が来た、といったところか。
「愚かね」
口の軽い情報屋は消される。常識だ。
札束を自らの懐に仕舞い、殺し屋はひとつ鈴を鳴らしてからその場を去った。
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