17

 考えるのを諦めたところで、見計らったように弦月が口元で閉じたままの扇子を揺らした。


「質問は終わりでしょうか? では、此方からも幾つか質問をしても構いませんか?」

「え? ああ……うん。あたしで答えられる範囲なら」

「結構ですよ。では」


 穏やかな、柔らかな口調のまま、弦月は続ける。にこやかな笑みはずっと変わらずだ。


「まず一つ目。何故貴女は、セイを庇うような事をしたのです? 仮に反撃や受け止めるまでは出来なかったとしても、貴女ならば避ける事くらいは充分出来うる速度で反応をしていた筈です」

「…………」


 やはりバレていた。だけど庇うなんて、そんなことは『氷の刃』がする筈のないことだ。冷酷無慈悲の殺し屋が、他人を守ろうとなんてするわけがない。

 だから、の時の自分が咄嗟に動いてしまう時は、必ず何かしら言い訳が必要だ。


「別に、庇ったわけじゃないよ」

「では何故、避けなかったのですか?」

「アナタはちょっと、あたしを買い被りすぎ。あの攻撃に気付いても、避けるだけの余裕までは無かった。それだけ」

「……そうですか。まぁ、そういう事にして置きましょう」


 尤もらしい言い訳を並べてみても、ただ見透かすように、鈴を転がすように笑われるだけ。答えを問いに、本人がどう答えるのかを試したいだけのような。

 何も面白くない。非常に面白くない状況になってきた。こんな調子の質問を、ここから先どれほどされるというのか。


「では二つ目。貴女は我に、依頼主と、セイの暗殺を依頼された貴女以外の殺し屋の情報を寄越しましたね」

「うん」

「それは、貴女がとして狙われる可能性にも繋がる筈です。にも関わらずわざわざ我々に情報を流したのは、何故です?」

「嫌いなんだよね、あの依頼主。人を道具か何かと間違えてる気がするの。あたし達殺し屋だって、依頼される暗殺対象だって、人には変わりないってことを分かってないんだもん。一人で全部相手するには数が多いし、そもそもあたしにはそいつらを殺す理由は無い。でもそのメンバーにはアナタ達の情報が多少なりとも流れてる可能性があるでしょ? 面倒事は自分達で片付けてってこと」

「…………」


 依頼主は、人間的に気に入らない。金にものを言わせれば何でも思い通りになるとでも思っているのだろう。そんな奴は、エミルに言わせてみれば殺す価値も無いクズだ。

 それに『氷の刃』は、依頼を受けた暗殺対象は必ず殺すが、それ以外の者には一切手を出さない。依頼無しで殺すとすれば、それは家族を殺した者への復讐だけ。

 だから、依頼主も他の殺し屋も、彼らが殺すと言うなら止めない。もし彼らが動くならば、『氷の刃』がと呼ばれる前に全ての片は付くだろう。

 考えて話すも、エミル本人は気付いていなかった。言葉の端々に人間らしさが滲んでしまっていることに。そこが『アイス』ではなく『エミル』になってしまっていることに。


「三つ目です。貴女は……」


 何がおかしかったのか、弦月がまた一通り笑ってから続けた。ゆらりと扇子を揺らし目を細める。

 その視線に、エミルは僅かに身を固くした。嫌な予感がする。


「貴女は依頼された暗殺対象以外を、のでは無く、のでは無いですか?」

「――――」


 一瞬、言葉を忘れた。ゆっくりと頭の中で反芻して、言われた言葉を理解するにつれ、エミルの表情が泣きそうに歪んでいく。


「そんな…………そんなこと、ない……」


 震える声に、説得力は無い。それでもエミルは、だって、と続けた。


「だってあたしは……六年前、確かに朔羽さくはさんを殺した……っ」


 彼女は、暗殺対象なんかじゃ無かったのに。ぎゅっと目を閉じて、自身の身体を抱えるように両腕をまわす。

 六年前。「朔羽」――殺し屋屋・鬼灯ほおずきの第七十七代「朔羽」。朔羽の名はつまり、後継ぎであるという意。その遺体には、体の前にも後ろにも大きな傷があった。

 敵によって受けた傷と、エミル──アイスによって受けた傷。エミルが『氷の刃』になる為のの一端を担っていた女性だった。まるで裏切りのように彼女を殺した日のことを、今でもよく覚えている。

 小さな背を震わせながら、エミルは胸元で揺れるオーロラブルーの石の付いたネックレスをぎゅうっと強く握る。それからキッと、弦月に視線を返した。


「あたしは冷酷無慈悲と言われる暗殺者よ。人一人殺すことに、躊躇いなんかしないわ」

「…………。そうですか」


 エミルのままで、口調がアイスになる。どれだけ警戒したところで無駄なのに、どれだけ抵抗したところで無駄なのに、それでも踏み込まれたくはない部分はあって。

 にこり、と弦月が笑みを向ける。何も追及されないことが、逆に全てを見透かされているようで。何だか寒気がするのをエミルは確かに感じた。

 本来ならば殺し屋には向かない、優し過ぎる少女。仕事以外で誰ものは事実だ。だけどそれを知られることは、殺し屋としては致命的なことだから。


「では最後に」


 最後、という言葉に、エミルは内心で僅かに安堵の息をつく。彼と話していると、会話というものが何の為に存在しているのか分からなくなってくる。まるで、彼自身は答えを分かり切っていて、ただそれを確認されているだけのような気がして。

 だけどその「最後」の彼の問いは、これまでのどの言葉よりもエミルの想像の範囲を脱していた。


「貴女のは、後どれくらい残っていますか?」

「…………」


 まさか、命の残量を聞いてくるとは。それこそ一族のことを詳細まで分かっていないと有り得ないことだ。素直に答えても良いものか、悩んでしまう。

 いや、素直にも何も、答えるには、


「比較対象が無いから、分からない」


 一族の者も、その関係者も、皆十年前に死んでしまったのだから。

 生まれてから四つの歳の頃まで育ってきた家の一族の直系は、特別な『能力ちから』を持っている。その『能力ちから』の大きさはそのまま生命力に置き換えられ、残り寿命として計算することが出来るのだ。

 今現在の生き残りは、二人。狂ってしまい所在も分からない一人と、エミル本人。直系である母も姉も祖母も、もう誰も生きてはいないのだ。どれだけ『能力ちから』が残っていればどれだけの残り寿命があるかなど、今ではもう分かりようもない。

 とは言え自分の『能力ちから』だ。何となく感じられるものはあって、全く何も分からないというわけではない。だが果たしてそれを言っても良いものか。否、良いわけがない。

 故に回答は、「分からない」だ。

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