春の訪れと天ぷら 後半
ボクたちはいつものスーパーでたくさん買い物をした。
カゴいっぱいに野菜とかエビとかお肉、それからサラダ油と天ぷら粉、セキカワさんの飲むお酒とか、それから……とにかく、いっぱい買った。天ぷらって大変なんだな、って思った。やっぱりお金が心配になったんだけど、セキカワさんはピッとお金を払っておしまいだった。
三人で荷物を分けて、桜が咲いている川沿いの道を一緒に帰る。ボクの右手は関川さん、左手にはトモカおねえちゃん、天気は快晴、ちょっと色の薄い青空が広がり、日差しはぽかぽかとしてあったかい。
(……ずっとこうしていたいなぁ……セキカワさんと、トモカお姉ちゃんと……)
と、目の前に真っ黒い羽根が一枚、フワリと落ちてきた。
胸がドキリとした。
周りをぐるりと見まわしたけれど、見えたのは青空だけだった。
(……トモカおねえちゃん、気が付いたかな?)
横を見ると、おねえちゃんが小さくうなずいていた。
そうかぁ……やっぱり見えたんだ。
「平九郎、どうかしたか?」
「す、すごく、いい天気デスね」
「なんだよ急に、時々ジジくさいんだよな、平九郎はさ」
「よくいわれマス。ボク、今日はシソの天ぷらに挑戦したいデス」
「お。いいねぇ。きっとシソが好きになると思うぜ」
〇
その日の晩御飯はいつもとちょっと違った。
テーブルをキッチンの近くにつけて、ボクとトモカお姉ちゃんが並んで座った。
関川さんはコンロの前、エプロンを巻いて立っている。
「さて、今日はコース仕立てにしたんだ。塩とカレー塩、ポン酢、それから天つゆな、いろんな天ぷらを順番に揚げてくから、揚げたてを食べてくれ。もちろんオレも食べるから心配しないように」
ニッと笑ってそう言うと、下ごしらえした材料に衣をくぐらせ、油の中に入れる。すぐにキャラキャラって音が聞こえて、セキカワさんはジッとそれを眺め、それから一気に引き上げる。
今日のセキカワさんは、なんかカッコいい!
「まずはシソの天ぷらと、アスパラガスだ」
ボクとトモカお姉ちゃんのお皿の上には、針金で編んだ網があって、その上に二つを乗せてくれる。シソは大きく広がって、緑色の海苔みたい、アスパラガスは緑色がすごくきれいで、うっすらとクリーム色の衣が付いている。
「やけどしないようにな」
そういう関川さんは天つゆにちょっとつけてさっそく食べている。それからなんともにっこりとした笑顔で、グビッとコップの日本酒を飲んだ。
「はぁー、やっぱ揚げたてはたまんないな」
ということでボクも真似してシソの天ぷらを食べてみる。パリッとかじると、なんと溶けるようにクシャっと消えてしまう。しかも苦手だったシソのにおいが、すごくいい匂いに変わっていた! ナニコレ! これシソ? 天ぷらってすごい!
「アスパラには塩がお勧めだ」
トモカ姉ちゃんはセキカワさんの言葉にうなずいてから、ちょっと塩をつけてパクッと食べた。
「あ、あ、熱っ! でもウマッ! なんかサクッとして、なんか溶ける! それになんか甘くてすごくおいしい!」
「だろう? 天ぷらって野菜をめちゃ美味しく食べられるんだよ」
関川さんは嬉しそうにそう言ってまた日本酒をグビリ。でものんびりしているようで、次の天ぷらがすでに油の中で揚げられている。
「次はカボチャとサツマイモ。あとは好みで食べるといいよ。自分で味付けを考えながら食べるのも、天ぷらの楽しみの一つなんだ」
サツマイモにはカレー塩をつけてみた。これがすごく美味しかった! ホクホクのお芋の味とカレーの香りがすごく合う。この組み合わせは美味しいかなと思ったけれど思った以上だった。
「平九郎、イカにはポン酢をつけてみなよ、すっごく合うよ!」
トモカお姉ちゃんもすごく楽しそうだ。いろんな味付けを試してはボクにお勧めしてくれる。ボクも負けずにいろいろと試して関川さんに報告する。天ぷらはやっぱり楽しいし、おいしい!
「ラストはエビと、とり天な。食べたかったらもう少し用意するけど?」
「もう、おなかいっぱいデス」
「あたしも、あたしも! でもエビもとり天も食べる!」
「ほんとお前らいい食べっぷりだな。作ってるオレもホント楽しいよ。おっとその前に酒を追加、追加っと」
「あー、セキカワさん、ちょっと飲みすぎじゃない?」
「たまにはいいんだよ。楽しい夜には楽しく飲みたいんだ」
それからエビととり天が最後に出された。エピはプリプリでなんか豪華な味がして、とり天は初めて食べたけど、柔らかくて優しい味がした。
「あー、おいしかった!」
「美味しかったデス!」
「はい、おそまつさん。でも美味かったな、今日の天ぷら」
こうして天ぷらのコースが終わった。
それはボクが今まで食べてきた中で一番のごちそうで、セキカワさんが作ってくれた料理の中でも特別なごちそうだった。
最後の食事が天ぷらで本当に良かった。
たぶんこれ以上美味しい食べ物なんて他にないいいから。
関川さんが目の前でボクとトモカお姉ちゃんに揚げたてを食べさせてくれた。
それがすごく特別なことだとボクもトモカお姉ちゃんもわかっていた。
だから今日は本当に特別な一日で、きっとずっと覚えている大事な日になった。
だからそろそろあきらめなくちゃいけない。
ココを出ていく決心をつけなくちゃならない。
ボクがいなくなったらセキカワさん寂しいかな?
セキカワさんは大人だから平気かもしれないな。
でも……ボクはすごく寂しいな。
~終わり~
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