初めてのハンバーグ 後半
二階の窓の外に浮かんでいたのは、あの日、ちらし寿司を食べ終えるや『ごちそうさまでしたぁ』の一言を残して飛び去ったトモカちゃんだった。
「まぁ、そんなところに浮かんでないで入ってきなよ」
「じゃ遠慮なくお邪魔しまーす!」
そう言って部屋に入ってくると、翼をバタッとたたみ、いきなりスッと正座して深々と頭を下げた。あれ、なにが始まんの?
「……実は関川さんに折り入ってお願いがあります」
トモカちゃんは改まった口調でそう言った。
なにやら真剣な表情とオーラにこちらも居ずまいを正す。
といってもまぁ座布団敷いて正面に正座しただけだ。
「どうやら真剣な話のようだね?」
「ハイ……たいへん申し上げづらいお願いなのですが、弟の平九郎をしばらくのあいだ預かっていただきたいのです」
「なんだ、そんなことかよ。いいよ、かまわないよ」
「良かった! 実はついでのお願いがもう一つありまして……」
「そっちが本題ってわけだね?」
「まぁ、そうです。できればあたしもセットで預かっていただけないでしょうか?」
「おまえもかよ!」
「えへへ、ハイ。対してお役には立てないと思いますが、家事全般なら不得意です」
「そこ、得意じゃないんだ?」
「ハイ。どうも昔からずぼらな性格でして、」
「まぁ、いいよ。一人も二人もたいして違いはないからさ。でも、今日は料理を手伝ってもらいたいな。平九郎がハンバーグを作るんだ」
「ハンバーグ! やったね、平九郎!」
「うん。トモカ姉ちゃん、一緒に頑張ろう!」
○
ということで、とにかく二人にハンバーグを作ってもらうことになった。
「まずは玉ねぎをみじん切りにするんだ。皮をむいて半分に切って、最初は縦に次は横にして切っていくんだ。よく見てろよ、こんな感じだ」
見本を見せてから、二人にまな板と包丁を渡してさっそく始めてもらう。
「包丁には気を付けるんだぞ。あと玉ねぎは目に沁みるけど、そこはガマンな」
「はい。ワガリマジダ、ゼギガワざん……」
振り返った二人はすでに涙ボロボロだった。
「ところで、ソースはなにがいいんだ?」
「ボクはデミグラスソースが食べてみたいデス」
「あたしはトマトとチーズのやつ!」
「よし、じゃあソースはオレが作っとく。あとはそのレシピをよーく読んで、そこに揃えてある材料を入れて、白っぽくなるまでよくこねるんだ」
まぁ材料はきっちりそろえたし、調味料も必要な分だけ分けてある。あとは全部入れて混ぜるだけ、失敗のしようもないだろう。
最後に二人が捏ねたハンバーグを成型したところで、あとはこちらの出番だ。
○
「さて、今日はハンバーグバイキング仕立てにしてみたぞ!」
テーブルの上にはホットプレート。そこには平九郎が成形した小さなハンバーグが並び、今も音と匂いを振りまいている。
「まずは基本のデミグラスソースだ」
カレーで使ったソースポッドから、特製のデミソースをたっぷりとかける。ハンバーグを包み込んで流れだしたソースが鉄板でジュウウとはじけ、香ばしい香りが湯気と一緒にふわりと浮かぶ。
「こ、これがデミグラスソース、デスか……」
「なんかもう匂いだけでおいしいって分かるね……」
「さて、食べてみようぜ」
真っ先に食べたのは平九郎。
「ソースがすごく美味しいデス。なんか濃くて甘くてハンバーグと一緒になって、ボク、ボク、なんか言葉にでぎまぜん!」
「次はチーズ&トマトソースだ」
これも二人に取り分けて、オレも一口。
やっぱりうまい。実はチーズとハンバーグの間に玉ねぎを散らしておいた。とろけたチーズと、玉ねぎのシャキッとした苦み、そこに少し甘く味付けしたトマトソースが絡んで、まさにイタリアンな味に仕上がっている。
「ラストは和風ハンバーグ、今回はおろしポン酢じゃなくてテリヤキ味だ」
あらかじめ作っておいた甘めのテリヤキソースをたっぷりかけ、ちょっと甘味を加えたマヨネーズソースをふんわりとかけてある。
「あたしこのテリヤキソースってはじめて!」
「食べてみな、めちゃうまいから」
トモカちゃんは大きく口を開けて一気にパクリ。そして目を真ん丸に見開いた。なにかしゃべろうと、グルメリポートをしようとしているようだが、言葉が出てこないらしい。まぁ口の中一杯だしね。
「これ、すんんんんごく美味しー! マヨネーズが絡んで甘くて濃厚で、テリヤキも濃厚でもう、口の中がお肉で一杯で、もう、幸せですっ! 最高です! こんなの初めて食べました!」
○
ということで、この後は鉄板の上で、それぞれ自分の好きなソースをかけてハンバーグバイキングを楽しんだのだった。
まぁどれも小さなハンバーグだったけど、鉄板いっぱいに広げていたハンバーグは無事完売御礼となった。
「はぁぁ、ハンバーグ美味しかったデス」
「ほんと、どのハンバーグも美味しくてどれが一番か分かんなかった!」
「まぁどれも美味しいんだよ。どんなソースにもよく合うのがハンバーグの特徴だな。それに今回は二人が一生懸命に作ったから、なおさら美味しかったんだよ」
「作るのは大変でしたけど、こんなにおいしいものが食べられて、頑張ってよかったデス」
「あたしもあたしも! 料理って楽しかった! またやりたい!」
「そいつはなによりだ。また一緒に作ろうな」
うん。うん。
素直で可愛い連中だ。
オレは知り合いに送ってもらった赤ワインを飲みながら、気になることをさりげなく聞いてみた。
「ところでさ、断食修行の話はどうなったんだっけ?」
断食の一言で二人の羽がブワッと逆立つのが見えた。なんだか冷や汗もタラタラと垂れている。そしてトモカちゃんは明らかに動揺していた。
「じ、実はですね、修行には5年くらいかかるんです。その間に少しづつ食べることをやめていくんですが……」
「てことはまだトモカちゃんは修行終わってないんだ?」
「ハイ。かれこれ10年以上修行してます」
「厳しいんだね」
「はい。ここ最近、都会の食べ物は誘惑が多くてつい……」
あ。そういうことね……
オレはなんとなくその先を察したのだった。
~終わり~
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