カラス天狗の子

関川 二尋

第一膳『出会いとお茶漬け』

出会いとお茶漬け 前半

 まったくもってどうかしている。

 見ず知らずの相手に話しかけた挙句、家にまで連れてきちまった……


 と、オレは狭いキッチンで今さらながら頭を抱えていた。

 うん。これはもう、しょうがないと思うしかない。

 だって捨てられた犬とか猫を見なかったことになんかできないだろ?

 それと同じ。

 いきなり空から落ちてきて、わんわんと泣いている子供を見なかったことにはできないだろ?

 少なくともそういう真似はオレにはできないし、できなかったのだ。


 しかもこの男の子、さっきからずっとグゥグゥとお腹を鳴らしている。

 本人は恥ずかしそうにうつむいているけど、もうお腹がペコペコなのは痛いほどに伝わってきている。

 となれば、もうご飯を作ってあげるしかないよな。


 今は事情があって違うけど、これでも元はプロの料理人。美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちだけは、今も熾火のように残っていた。


「に、してもだ。子供が好きそうな料理も食材もないんだよな……」


 なにしろ独身男の一人暮らし。

 冷蔵庫にはビールがたんまりとコツコツ集めた酒の肴ばかりなのだ。

 もちろん子供が喜んで食べるようなものではない。枝豆とか冷奴とかひじきの煮物とか漬物とか酢の物とか、そういうの子供はあんまり好きじゃないだろうし。

 

 急なことなので食材も限られている。

 しかもすぐ出来るものという条件付き。

 まぁ白米はあるけれど、さすがにそれだけってわけにはいかないし。

 なにより相手のこともよく知らないわけだし……


 チラッと連れてきたツレを見る。

 どうしてもその背中に目がいってしまう。


(……うん……たしかに白い翼が生えている)


 でも天使というような感じじゃあない。

 顔は純和風。格好も着物みたいな和服だし、変なうちわも持っている。

 それ以外は普通の男の子と変わらない。変わらないけれど、どう見ても人間の子じゃあない。少なくとも人間の子供に翼はないからな。


「なぁ、お腹すいてるだろ?」


 一応聞いてみる。

 と、うつむいた首を横にぶんぶんと振った。

 なんかやせ我慢しているのがバレバレだ。

 でもそこにこの子なりのプライドが透けて見える。

 男の子ってまぁそういうものだろう。自分もかつてはそうだったから、彼の気持ちもよく分かった。たぶん親切にされるのが恥ずかしいのだろう。


「オレはこれから晩飯食べるところなんだ。実は作りすぎちゃってさ、一緒に食べてくれないかな?」


 その言葉に背中の羽が逆立った。なんかざわざわと震えている。

 あ。これはもう一押しだな。


「いや、実はさお米を間違って炊きすぎちゃってさ。オレ一人じゃ食べきれなくてね。まぁ晩飯たって大したものじゃないんだけどさ、一緒に食べてくれると助かるんだけどさ、どう?」


 その子はゆっくりと顔を上げ、ちょっとオレを見つめてからコクンとうなづいた。  


「助かるよ。ところでアレルギーとかないかな? 苦手なものとか?」


 やっぱり返事はないけど、少し首を横に振ったのは分かった。


「よし。じゃあテーブルに座って待っててくれ。すぐに用意する」


 その子供はまたもや無言でうなずいて、ちょっとよじ登るようにして椅子に座った。そしてやっぱりテーブルを見つめるようにしてうつむいている。と、またもやお腹がぐぅと鳴り、顔を真っ赤にしてますますうつむいてしまった。


 これはあんまり待たせちゃかわいそうだ。

 オレは手早くエプロンを巻き、キッチンに立つ。

 とにかくすぐにできるもの。ごはんはすでに炊けている。

 さて、何を作ろう?


 もう一度冷蔵庫を開けてみると……


「おっ、そういえばこれがあったんだ!」


 メニューさえ決まれば後は楽勝だ。

 湯を沸かし、ご飯をもりつけ、冷蔵庫からそのとっておきの食材を取り出す。

 なんとこれだけで準備完了だ。


 お盆に載せてささっとテーブルに配膳。

 

 湯気をあげているホカホカの真っ白なご飯。

 土瓶の中に入れたとっておきの出汁スープ。

 最後の仕上げはテーブルで。


「特性のお茶漬け。たぶんおいしいと思うぜ」


 お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった…… 

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