とっておきのデザートをキミに 後半②

「最後のデザートはオレが作った。一口だけど特製の『大学芋』だ」


 え? まだデザートがあるの? ちょっとびっくりしてしまった。

 実はボクは甘いものが大好きなのだ! しかもサツマイモ!


 関川さんがみんなの前にそのデザートを並べてくれる。パフェで使うガラスのコップに、一口サイズの皮付きのさつまいもが入っていて、その表面に甘そうな飴がたっぷりとコーティングされている。


「まぁまずは食べてみてくれ」


 ボクたちはパクリと食べる。パリッとアメが割れて、柔らかなサツマイモが口の中いっぱいに溶けてゆく。ひんやりとしているのに、ホクホクで甘くて、なんだかほっぺたがとろけそうだ。この甘ーい味付けがまたすごく美味しい!


 と……


「うまいっ! 甘いっ! それに、この活力がみなぎる感じ、なんじゃこれは?」


 これまでずっと黙々と食べていたカウンター席のおじいさんがガタリと立ち上がってそう言った。うんうん。そうだよね。ボクも同じことを思っていた。


「そういえば、美味いだけじゃなくて、なんだか体がポカポカする感じがするな」

 と平次郎兄さん。


 うんうん。ボクもそうだった。甘いだけじゃなくて、なんかこう、力が湧き上がってくるような感じ。辛いのはなにも入ってないはずなんだけど。


「やっぱりな。さてさて、この辺りで種明かしといこうか」


 と、関川さんが急にそんなことを言い出した。


   ○


「どこから話したらいいかな? まずは、平九郎が言っていた霧月さんにハンバーグを食べさせたら霊力が戻ったってトコだな。秘密はずばりこの本の中にある」


 関川さんがカウンターからその本を取ってみんなに見せた。


「この本はここにいるタイラジロウこと『ジローさん』が書いたものだ。この本に書かれている料理はもともと、断食の修行をせずに霊力を取り込む方法がないかと考えて作られたレシピだったそうだ」


「まぁ動機は不純だったけどな、ハハハ」

 そう言って照れて笑う平次郎兄さん。

 でもそれってボクたちにとってスゴク大事なことなのだ!


「ヘイクロウが作ったハンバーグはこの本のレシピをそっくりそのまま使っていた。それで霧月さんに霊力がもどったというわけだ」


「だから他のメニューを作ってもダメだったんデスね?」

「そういうこと。ついでにもう一つ。ジローさんも気づいていないことがあるんだ」


「え? 俺っスか?」

「そう。どうして霊力が戻ったのか? その秘密はなにか、ってこと」

「あ、それはいまだに研究中です」

「その秘密は今日のコース料理の中にある」


 と、関川さんはカウンターの上にコトリと小さな瓶を置いた。コショーとかの香辛料を入れる小さな瓶だ。


「答えはナツメグだ。今日の料理全てにナツメグが使われている」


「そういえば、お腹だけじゃなくて、なんだか霊力も補給された気がしマス」

 ボクがそう言うとみんながうんうんとうなずいた。


「それが分かったのは、ジローさんのこの本が絶版になったって聞いたからだ。クレームがあったらしいんだ。食べたら気分が悪くなったとかめまいがしたとか」

「あ。それ覚えてます」

「ナツメグは大量に接収すると幻覚を見るといわれててな。ジローさんのレシピの一つでこのナツメグの分量が間違って記載されている箇所があったんだ」


「そ、それは気づかなかった……」


「まぁ絶版になってるからね。それにずいぶん昔の話だ。記載ミスした分量も命にかかわるほどの事ではなかったから大丈夫。で。このナツメグがどうやら霊力の取り込みのカギになっているとオレは考えたんだ。そして今日の料理でそれが証明された」


「……ということは?……」

 トモカお姉ちゃんから、ハッと気づいたように言葉が漏れる。

「……まさか断食の修行は……」

 ボクも気づいた。関川さんが言おうとしていることに。

「……もうしなくていいということ?」

 平次郎兄ちゃんはすでに関川さんの袖にすがっていた。


 関川さんはゆっくりと大きくうなずいた。

「そう。もうこれで断食の修行はしなくてもいいんじゃないですかね? 


 と、カウンター席のおじいさんがひょっこっと椅子から降りた。

 まさか……霧月サマ?

 その霧月サマがゆっくりと振り返り、その体がパァーっと輝き、元のカラス天狗の姿に戻った。山伏のような衣装と高下駄、そして立派な黒い羽はすっかり元気な霧月様に戻っている。


「うむ。見事な料理の数々じゃった。そして平次郎、よくここまで頑張ってきた。食い意地が張ったゆえの成果であるが、おかげでワシも助かった。関川殿も人の身でありながらよくぞわが一族の者たちを助けてくれた。改めて感謝する。そして今宵のでぃなーとやらも実に見事であった、関川殿から招待があったとき……」


「……で、霧月様、断食は?」

 待ちきれないようにトモカお姉ちゃん。

「……断食はもういいんデスよね?」

 ボクももう待ちきれなかった!

「……ああ。霧月様に認めてもらえた……これで思う存分餃子が食える……」

 平次郎兄ちゃんはすでに目元を袖でゴシゴシとこすっている。


「……まだ話の途中だというに、お前たちは……マッタク!」

 ニコニコとしていた霧月様の顔面が急に吊り上がった!


「続行に決まっとろうがっ! 断食はカラス天狗の伝統! やめるわけなかろう! バカ兄妹どもがっ! お前たち全員修行のやり直しじゃ! 愛宕山へ帰るぞ!」


 ズガーン!

 ボクの頭は真っ白になった。

 ズガーン!

 トモカお姉ちゃんは白目をむいている。

 ズガーン!

 平次郎兄ちゃんは床で液体のようになっていた。


「関川さん……助けて……お願い」


 ボクたちが頼れるのは関川さんだけだ。

 みんなで関川さんの足元に縋りつく。

 でも関川さんも明らかに困って、変な笑顔を浮かべていた。


「そうですか。残念ですね。今日食べたサツマイモ、実はまだたくさんあって、来週はそのサツマイモのコース料理を考えていたんです……なんか霧月さんはサツマイモが大好物って聞いていたもので」


 関川さんは本当に残念にそう言って大きなため息をついた。

 そして霧月様は明らかに動揺していた。

 だって黒い羽がざわざわと震えていたから。


「はぁ、今年のサツマイモは甘くてホクホクでいい出来なんですがね。天ぷらなんかにして食べてもらおうと思っていたんですが、残念です」


 霧月様はあごに手を当て、なにやら考えている。


(関川さん、あと一押し! なにかうまいこと言って!)

 ボクたちは協力して念を飛ばす。それが受け取れるか分からないけど、とにかく目から念を飛ばす!


「……空腹は最高のスパイスといいますからね。断食の後の食事はなお美味しく感じられるかもしれませんね」

「そういうものか?」

「そういうものです」


「あい、わかった。ではたまにここでの食事を認めるとしよう。ほれ、お前たち、行くぞ。腹も膨れたし、霊力も満ちたであろう! 帰るぞ、愛宕山へ」


 霧月様の体がまた輝きだし、ボクたちの体もまた本来のカラス天狗の姿に戻ってゆく。気づいたけど、羽の一部がちょっと黒くなっているのが分かった。


「ありがとう、関川サン!」

「どういたしまして。しばらくお別れだな、平九郎」

「はい。セキカワさん、お元気で」

「なに、またすぐに会えるさ」

「そうデスね」


 ボクと関川さんはニッと笑いあう。


 そう。しばしの別れ。


 関川さんから招待状が届いたらまたボクはここに戻ってこれる。

 それまでの短いサヨナラだ。


 月はまだ輝き出したばかり。

 羽を広げ、本当に久しぶりに家族そろって愛宕山へと飛び去った。


 ~おわり~ 



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