とっておきのデザートをキミに 後半①

 とにかくその日はオドロキの連続だった……


 その日の夕方。セキカワさんが一緒にご飯を食べに行こうと言い出した。これはもちろん初めてのことだった。でもボクはセキカワさんの作るご飯が一番美味しいと思ってたから、食べに行かなくてもいいと思ってた。


「まぁそう言うなって。その小烏こがらす亭って店に、お前の兄貴がいるんだ」

「え? ヘイジロウ兄さんがデスか?」

「ああ。まだには知らせてないけどな」

「ジローさん?」

「まぁすぐに分かるさ」


 そして日が暮れて涼しくなったころ、ボクとセキカワさんはその小烏亭というところに歩いて向かった。なんか普通の家みたいだけど、外にはメニューを書いた黒板もあるし、カラスの絵が付いた鉄の看板もついていた。なんかすごく分かりづらい店だけど、一応レストランみたいだった。


「ジローさん、来たよ!」

「おお、セキカワさん! と……平九郎か!」


 キッチンの向こうから現れたのは、人間の姿になったヘイジロウ兄さんだった! 背が高くて、ボサボサの髪にあごにひげが生えてて、黒いエプロンを巻いている。


「平九郎、久しぶりだな。俺のこと、忘れてないだろうな?」

 そう言ってボクの頭をワシャワシャと撫でてくる。その声、その話し方、その匂い、ボクはなんだか懐かしさがブワッとこみあげてきて、つい抱き着いてしまった。


「平次郎兄さん! お元気そうでなによりデス!」

「まったく平九郎の甘えん坊は変わらずだなぁ」


「言ったろ? お前の兄さんに会わせてやるって?」とセキカワさん。

「で、でも、ホントに会えるなんて、思ってなかったデス」


 と。玄関からもう一人の声が聞こえてきた。 


「セキカワさん、来ましたよー。あれ? 平九郎も? どーなってんの?」

 それはもちろんトモカお姉ちゃんの声だった。


「おお、来たな! トモカちゃん久しぶり!」と関川さん。

「え? トモカも来たのか?」さらに驚いている平次郎兄さん。


「え? え? ヘイジロウ兄ちゃん?」

「まぁ人間の姿じゃ分かんねぇかな? 俺だよ平次郎だ」


 トモカお姉ちゃんの目にみるみる涙があふれ出し、体当たりするように平次郎兄ちゃんに抱きついていった。 


 それは本当に久しぶりの兄弟の再会だった。


   ○


「そっか……ゲストってのはお前たちのことだったのか。お前たちに関川さんに感謝しろよ。今日は特別なディナーを用意してあるんだからな」

 平次郎兄さんがニヤリとした笑顔を浮かべる。


「ちなみにメニューは、この本の中からオレがリクエストしておいた」

 関川さんがあの料理本『家庭で作れるとびきり料理』を片手に、やっぱりニヤリと笑う。


 なんだか悪だくみを企んでいるオトナ二人。そんな感じがする。

 でもとにかく二人はなんだか気の合う親友同士みたいだった。


「まぁ座ってくれみんな。あと、今日は大事なお客さんがもう一人来てるからな、騒いだりしないで、お行儀よくするんだぞ」


 キッチンの真ん前にあるカウンターにもう一人のお客さんがいた。子供みたいに小柄なお爺さんだ。その人はボクたちに背を向けていたけれど、ちょっと振り向いて会釈した。関川さんが近づいて行って、なにやら小声で話している。どうやらセキカワさんの知り合いの人らしかった。


   ○


「さて、皆様! まずは本日のスープ『コーンポタージュ』です」


 平次郎兄さんの言葉でディナーが始まった。最初に出てきたのはコーンポタージュ。黄色い色がきれいで、トウモロコシの甘味たっぷりのスープ。表面には茶色のスパイスとパンの小さなカケラが浮かんでいて、パンはスープにつかっているのにカリッとして香ばしかった!


「どうだ、平九郎美味いか?」

「スゴク美味しいデス! 平次郎兄さん、このスープはあの本の通りに作れば同じものができるんデスか?」


「もちろん。もう本屋にも売ってないからな。今度、関川さんに貸してもらうといい。それより次のメニューだ。次はいきなりだけどメインのエビグラタン!」

「そうそう、コースの順番はオレがジローさんにリクエストしたんだ。実はオレの牛乳嫌いが治ったのはこのエビグラタンに出会ってからなんだ。そういう意味でもこれは特別なメニューなんだ」


 平次郎兄さんが分厚い手袋をはめて、グラタン皿を運んできた! 器の中でホワイトソースがグツグツと煮えている。漂ってくるエビの香りと牛乳とスパイスの混じったおいしそうな匂い!


「そういえば、平九郎は牛乳苦手なんじゃなかったっけ?」

「今は大丈夫デス。関川さんが好きな味なら、ボクも好きデス」

「なるほどな。関川さんもまたずいぶん懐かれたもんだな」


 平次郎兄さんの言葉に関川さんも照れたように笑っている。ああ。なんかいいな、こういうの。トモカお姉ちゃんもなんだか目をウルウルさせて二人を見ている。


 それよりグラタンだ。まだかなり熱そう。スプーンをそっと差し込むと、サクッという音がした。それからマカロニとエビを乗せてフゥフゥと息を吹きかける。これはかなり熱いに違いない……慎重に……熱っ! 

 あああ、でも美味しい! すごく美味しい!


「うわっアツっ! でもウマっ! すごく美味しー!」

 トモカお姉ちゃんも同じだった。それから二人でニッコリ笑う。このグラタンのおいしさには人を、いやカラス天狗を笑顔にする魔法がかかっているみたいだった。

 

「さて、コースの締めくくりは肉料理。フィレステーキのパイ包み焼きだ」

 平次郎兄さんが最後の料理を持ってくる。大きなお皿にちょこんとパンみたいな塊が置いてある。その周りにソースで勾玉みたいな模様が書いてある。なんかすごくおしゃれな料理だというのが分かった。トモカお姉ちゃんも目をキラキラさせている。

 どんな味なのかさっぱり分からないけど、とにかくバターのいい香りがする。


「きたきた、これこれ! このパイ生地がまたいい感じだ!」

 関川さんはさっそくパイにナイフをスッと入れた。それから一口の大きさに上手に切り取って食べた。

「はぁぁぁ……本家が作るとやっぱり違うなぁ……これは最高だよ」


 そうなの? ボクも真似してナイフとフォークを使って切ってみる。何重にも重なったパイ生地がぱりぱりと割れて、その下から小さくて丸いステーキが出てくる。フォークにさして食べてみる……サクサクでバターたっぷりのパイ生地、とろけるように柔らかい分厚いステーキ、口の中で噛みしめるたびに美味しさがふわふわと漂ってくる……ああ、美味しい……なんて美味しいんだコレ!


「うわぁ、なんか泣きそう! こんな美味しいの食べたことない!」

 トモカお姉ちゃんもナイフとフォークを手に持ったまま感激している。


「そうだろう? 本格フレンチなんだけれどさ、お高くとまってない、優しい家庭の味なんだよ!」

「関川さん、それ褒めてんですかね?」

「ああ。少なくともオレはこういう料理を作りたい! そう思ってる」

「なら、最高の誉め言葉っスね」


 こうしてディナーが終わった……と思ったら関川さんが立ち上がった。


「さて、コースの最後はデザートの時間だな!」




 ~もう少しつづく~



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