出会いとお茶漬け 後半

(しまったぁぁ、なんか勢いでついてきてしまった!)


 でも仕方なかったのだ。

 仕方なかったと思うことにする。思うことにしよう。


 その人は誰もかれもが通り過ぎてしまう中、泣いてたボクに声をかけてくれた。

 きっと優しい人に違いないから、つい甘えてしまったのだ。


 目の前には浅めの茶碗に盛られた二人分のご飯。

 大きめの急須と、何か茶色のものが入っているボウル。


「昨日仕込んでおいたんだよね。これは『タイ茶漬け』。ま、お茶じゃないけど、いちおうお茶漬けジャンルだな」


 男の人がご飯の上に鯛の切り身をそっと乗せ、あざやかな緑色の三つ葉をパラっとふりかけた。そこに急須の中身をそっと回しかける。すぐに出汁のいい香りとゴマの香ばしい香りがふわりと漂った。


 これが『鯛茶漬け』というものなのか……普通のお茶漬けは何度も食べたことがある。梅干しとか漬物とか昆布とかのせて、お茶をかけて食べた。

 だがこれはなんか違う。なんかぜんぜん違うお茶漬けだ。


 ぐぅぅぅ

 まただ。またお腹がなってしまった。カラス天狗族のダンシとして情けないが、まだそういう修行をしていないのだから仕方ない。


「さて、これで完成だ。まぁ食べてくれ。好みでわさびもあるから」


 言うが早いか、その男の人はもう食べだしている。

 ハフハフ言いながら天井の当たりを見上げて『んー、うんまっ!』なんて言いながら実に幸せそうな笑顔を浮かべている。


 そんなにおいしいのかな?

 食べたことない料理はなんかドキドキする。それでもこのおいしそうな匂いは、このお茶漬けが絶対おいしいと確信させてくれる。


 「あの、い、いただきマス」


 パクリ、と口にした瞬間に暖かくて優しい味が口の中いっぱいに広がった。


(うわぁ……なにこれ、なんだコレ?)


 鯛のお刺身に程よく火が入って、口の中でホロホロととろけていく。熱々のだしには醤油とゴマが混ざりあって、何とも言えない深みのあるスープに変わっている。


 ああ、なんておいしいんだ、コレ!

 こんなの初めて食べた!


 そこに海苔の香りが広がり、あられのカリカリとした食感がまた楽しくて、食べるほどにうまさが増してゆく。

 試しにちょっとわさびも溶かしてみた。これがまたスーっと澄んだ香りがしてなんだか大人の味わいに変化する。ちょっと辛いけど。


 それにしても、こんなにおいしいお茶漬けは初めてだ!


「どうだ? おいしいだろ?」

「す、すごく、おいしいデス!」


「それは良かった。お代わりもあるぜ。ご飯炊きすぎちゃったからな」


 なにか気の利いたことを言いたいな、ちゃんと思ったことを伝えたいな、ボクは初めてそんなことを思った。

 思ったけれど、いきなりそんな器用なことができるはずもなく、ボクはただコクンとうなづいただけだった。


「ところで自己紹介がまだだったな、オレはセキカワ。キミの名前は?」


「ボクはヘイクロウ。愛宕山あたごやまの平九郎デス」


 それがボクとセキカワさんの出会いだった。



 ~終わり~

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