エピローグ

◆解析局・ロビー


シンジ「……ナナコか。珍しいな」


ナナコ「シンジさんこそ。こんな時間に何をしていたんですか」


シンジ「クウロの奴と将棋を指してた。天眼は大したものだが、将棋に関しては全くなってないな――ものになるまで二十年以上はかかりそうだ」


ナナコ「……同じ世界を、見ることができそうですか?」


シンジ「いいや?」


シンジ「将棋は、一つの世界と一つの世界のぶつかり合いだ。そういう意味では、虚界との戦いを繰り広げているこの世界に近いと言えるのかもしれないな。だが、そうでなくては全く面白くない」


シンジ「違うからこそ、広がるものだ。ぼくは外道とよく言われるが、同じ道では同じ場所にしか辿り着かない。それは本当につまらないことだとぼくは思うがね」


ナナコ「じゃあ、仮に二十年かけても……シンジさんは、ずっと孤独なままじゃないですか」


シンジ「……まだ悩んでいるのか、ナナコ」


ナナコ「はい。ずっと……私はシンジさん達とは違いますから、一生……悩むんだと思います。私を愛してくれていた世界を裏切って……狂気に逃げてしまって。それをもう一生、返すことができないかもしれないことを……」


シンジ「無限に考えても答えの出ない悩みだろうな」


ナナコ「……不毛ですよね。分かっています」


シンジ「これでも食べるといい」


ナナコ「これは……」


シンジ「フィノルという。ジョキウ商業区で流行っている焼き菓子だ。柑橘の皮が入っているから、ぼくらの世界でのマドレーヌに似てるかもな」


シンジ「脳はエンジンで、糖分はガソリンだ。絶えず動かし続けていれば、どこまでも深く考えることができる」


ナナコ「無限に考えても答えの出ない……こんな、他の誰も共感できないような悩みなのに。シンジさんは、無駄な悩みだとは思わないんですか」


シンジ「将棋とは無限に考えることだ」


シンジ「じゃあな。ぼくはもう寝る」


ナナコ「……」


ナナコ「……ああ。おいしい。おいしいな…………」


◆解析局・個室


クウロ「魔眼が魔なる眼と呼ばれたのは……魔剣と同じように、戦士の異能として用いられた歴史があるからだ。戦争や、剣闘競技――」


クウロ「俺の天眼がそうだったように、こういう殺し合いには有利な能力だったんだろう」


キュネー「……クウロも、自分の天眼のことを調べたことがあったの?」


クウロ「ああ。歴史だとか生物学だとか……いろいろな話を聞きかじっただけだったけどな。魔眼が捉えるものは、多くは可視光以外の目に見えない波長の電磁波だったり……あるいは理屈を超えた超直感だったりする」


クウロ「だが……理論上、最弱の魔眼がこの世に存在するとしたら」


クウロ「魔眼だ。最弱の魔眼に見えるものだけは、天眼で捉えることもできない――それがナナコの、夜の魔眼だ」


キュネー「ナナコの見てるもの……クウロは、いつか見れるようになる?」


キュネー「ずっと一人だと、ナナコがかわいそうだよ」


クウロ「見えるさ」


クウロ「……いつか、見えるようになってやる」


クウロ「天眼は、戦うための目じゃない。それこそが、俺なんだ」


◆解析局・執務室


ルメリー「なあなあ、シェナ。ナナコの様子はどうだ? あいつ暗いから、絶対解析局の中でも浮いてるよな。行ってからかってやろうかな」


シェナ「お話するのはいいですけど、後ろからしがみつくのはやめてくださいね、ルメリーさん。私も一応仕事中なので……」


サイアノプ「またここかルメリー! 今度こそ授業を受けてもらうぞ!」


ロムゾ「やれやれ。力づくでなければ分かりませんかね……」


ルメリー「やめろコラ! 局長殿がどうなってもいいのか!?」


ユウゴ「ルメリー……ついにそこまで見苦しい真似を……」


ルメリー「ユッ、ユユユユユウゴさん……!!」


サイアノプ「あまりに貴様が言うことを聞かないから連れてきたのだ。これで従う他はあるまい」


ルメリー「卑怯だぞサイアノプ! くそーっ……!!」


ユウゴ「ご迷惑をお掛けした。局長殿」


シェナ「いえいえ~。これくらいはいつものことですから」


ロムゾ「……まったく、どうしてああも意地を張るのか」


ロムゾ「隠れて生術の練習をするくらいなら、一緒にやったほうがずっと早く上達すると思うんですけれどね」


シェナ「あれ? ロムゾさんは気付いていたんですね」


ロムゾ「ええ。だけど、だからといって……いつまでも一人になんてしておけません。本当は皆、ルメリーともっと仲良くしたいんですから」


シェナ「……そうですよね」


ロムゾ「どれだけ孤独で異端でも……誰かが気にかけるだけで、救われるものです」


ルメリー「ぎゃー! うぎゃー! 廊下で泣くぞこの野郎!」


ロムゾ「……いや。ルメリーにはそんなもの必要ないかもしれませんね……」


シェナ「そうかもしれません……」


◆黄都市街・夜


ダリー「ったく、荷物持ちくらい機魔にやらせりゃいいだろ! なんで俺がわざわざついてなきゃいけないんだよ」


キヤズナ「ア~~ン!? 病み上がりの老人の言うことが聞けねェってのか!? つべこべ抜かすとまたブン殴るぞ!」


ダリー「もう殴ってる!」


キヤズナ「本当にお前は使えねェやつだな! おい、次はあっちの店行け! メステルエクシル用のオモチャ買ってこい!」


ダリー「もう、勘弁してくれよ~~」


キヤズナ「……」


キヤズナ「またアタシを刺しに来たわけじゃねェよな」


ユウキ「気づいてたのに、攻撃しなかったの?」


キヤズナ「アタシだってそこまで乱暴者じゃねェんだ。街中で見境なくブッ放したりは、しねェさ」


ユウキ「……僕も、この世界の誰かを傷つける意味はなくなった。僕一人だけの逸脱なんて、好きに消えたり現れたりできることだけだからね……」


キヤズナ「フン。ナナコが心配なのかい」


ユウキ「……」


キヤズナ「顔に出てるよ。ここまで来てるのに、今更顔を出していいもんかって思ってるんだろう。あんな真似したくせに、度胸のなさは姉譲りだなァ」


ユウキ「姉さんは……あれから、大丈夫なの? 普通の人と、普通に話ができて……自分の見ているものに怖がったり、しなくなったのかな」


キヤズナ「ああ。お前の心配してることは全然なかったよ。ったくバカな真似しやがって。結局、アタシは無駄に刺されちまったわけだ」


ユウキ「……それは、ごめん。じゃあ、最初から僕がいなくても、大丈夫だったんだな――」


キヤズナ「行けばいいじゃねェか」


ユウキ「……」


キヤズナ「行けよ。家族なんだろ。好きな家族が戻ってきて嬉しくねェ生き物なんてこの世にいないんだぜ。元の世界の人間関係がどうだったかなんて知らねェけどよ……少なくとも、二人で一緒にこっちに来れたんだ」


ユウキ「でも、僕は生き物なんかじゃない。ただの幻覚なんだ。この世にいるはずのない怪物なんだよ」


キヤズナ「……ヘッ!」


キヤズナ「怪物が家族で何がおかしい?」


ユウキ「…………」


ダリー「おーい、婆さん! これとかメステルエクシルにどうだ!? ゴムの仕掛けでこの車輪が回り続けるって話なんだが……って、誰かと話してたか?」


キヤズナ「別に、大したことじゃねェよ。誰もいねえだろ?」


キヤズナ「帰るぞ、ダリー」


END

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異修羅 虚実侵界線 珪素 @keiso_silicon14

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