チャプター5
◆屋内・彼方(白黒背景)
私の家の物置から、干からびた胎児の死体が見つかりました。
どうしてそこにあったのかは分かりません。家の前の持ち主が隠していたものだったのかもしれません。一つ言えるのは、その時を境にして――
何かが、私のところに近づいてくるようになりました。
◆廃墟・彼方(白黒背景)
正木先輩も死にました。死ぬような人だなんて、夢にも思っていなかったのに。
柘植さんは最後まで私の呪いを解こうと力を尽くしてくれましたが、駄目でした。「あたしの手に負えるものじゃなかった。専門外だ」という、愕然とした言葉が記憶に残っています。
そして、私は……
私は。
ここにいました。
私の頭の中みたいに、全部がぐちゃぐちゃになってしまった、この世界に。
◆屋内・彼方
シェナ「……」
ルメリー「……」
クウロ「……」
ナナコ「……突拍子のなさすぎる話だったでしょうか?」
シンジ「ぼくには到底理解できないことだけど、共感はできるよ。きみが語ったみたいな怪談は、こちらの世界にもある。おぞましきトロアの話とかね」
ルメリー「え? これで終わり?」
ルメリー「そういう化物か何かがいて、そいつをブチのめせばいい話じゃねーのか? その赤ん坊が化物になって襲ってきた流れだろ、それは」
ナナコ「すみません。胎児の死体は……どこかに消えてしまいました。……それに、もう死んでいるものが原因なら、倒したって……意味なんかないと思います」
ルメリー「そりゃそうかもだけどさあ……」
キュネー「怖かったんだね。ナナコ」
ナナコ「……はい。ずっと……ずっと、恐怖を溜め込みすぎてしまったような気がします。だからこんなことに……なって、しまったのかも」
クウロ「提案をしたい」
シェナ「どうぞ、クウロさん」
クウロ「ナナコを……虚界内の探索に同行させられないか。俺が観察した限り、彼女が魔王でないことは確実視していいと思う。だが話の内容からしても、魔王と無関係だとは到底思えない」
ルメリー「あたしが言ったみたいに、赤ん坊が魔王って可能性もあるよな。ナナコが転移に巻き込まれる前に転移していたから、消えたように見えた」
キヤズナ「連れてくのは別に構わねェがよ、お守りは誰がやるんだ? アタシ以外なら誰だっていいぞ」
ダリー「……じゃ、俺にするかな」
ルメリー「戦闘じゃろくに役に立ってねーからなお前は! ヒャハハハハハ!」
ダリー「くそ。ルメリーさんやキヤズナの婆さんの機魔が働きすぎるんだよ。やっぱり俺は後方で護衛につくくらいがちょうどいい」
クウロ「俺は適任だと思う。ルメリーの攻撃は広範囲だが味方を巻き込みかねない。護衛対象の側で守るなら、目が良くて撃ち漏らしを捌けるダリーの方がいい」
シェナ「キヤズナおばあちゃんは、一旦虚界外に退避して工場の設計に集中してもらいます。新たな機魔の支援は望めなくなりますが、夜間の戦闘を避ければ十分に凌げるでしょう」
キヤズナ「おう。戦車機魔の動かし方は分かるよな? ダリーに護衛させんなら、お前が動かせなきゃ話にならねェぞ小娘」
シェナ「大丈夫です! 戦車機魔楽しいですよね」
シンジ「ぼくたちの目的としては、市内放送……防災行政無線を押さえるってことでいいんだよな。とりあえず市役所に向かう――ぼくだって放送手順は全然わからないんだが」
ナナコ「わ、私もです……」
クウロ「それでいい。まずは案内してもらうだけで十分だ」
シェナ「これだけ標識があるのに、こういう時文字がない文明って不便ですよねえ」
ナナコ「文字がない!?」
シンジ「ああ、こっちはそういう世界なんだ。言ってなかったな」
ナナコ「え、それってどうやって……本とか、メモ書きとか……」
ルメリー「もう行くぞ! 走るのに邪魔なやつは片っ端から爆破していいよな!」
ナナコ「この人も物騒すぎるし」
クウロ「俺が止めなければやっていい。生存者の有無は俺が索敵している」
ナナコ「この人もおかしぎる……」
【戦闘:首斬りライダー×3】
◆路上・彼方
(車両走行音)
ダリー「無事か、ナナコ」
ナナコ「はい。おかげさまで……ありがとうございます」
ダリー「礼を言われることじゃねーよ。仕事だからやってんだ」
ナナコ「それ、私達の世界の武器ですよね。こっちにもあるんですか……? それとも拾ったとか……」
ダリー「めちゃくちゃ説明が難しいなそれ! 向こうの世界の技術を解析して再現してやろうって物好きがいるんだ……具体的にはさっきの婆さんのことなんだけどな。そのおこぼれで色んな銃を撃たせてもらってるだけだ。こいつがどんな原理で動作してるのかも知らねーしな」
シェナ「でも、まるで体の一部みたいに使いますよね」
クウロ「ダリーはかなり腕のいい射手だ。900m先の目標でも狙える技術がある」
ダリー「はあ~~!? 嫌味かよ! 確かに狙っただけで、当てられちゃあいなかったよな! ふざけやがって!」
クウロ「ふ。だから仲良くしてやっているんだろう」
ナナコ「……もしかして、皆さんは……ずっと、こうして戦っているんですか? 銃を使うのだって、まるで当然みたいに……」
シェナ「あはは。そうですね。すごく当然過ぎて、つい忘れちゃいそうになりますけど。虚界事変が発生する前から……私達の世界は、戦いばかりでした。"彼方"の人から見たら、かなりひどい世界かもしれませんね」
シンジ「……」
シェナ「ナナコさんは、元の世界に戻りたいですか?」
ナナコ「いえ」
ナナコ「……もう、どこにも、帰りたくないです……。私……こんなに怖い世界なのに……心のどこかで、安心しているんです。もう、誰にもバカにされないって……私が見てきたことのほうが、本当だったんだって……」
シェナ「……そうですか。よかった、と言いたくはないんですけれど……でも、あなたを元の世界に戻す方法は、現時点では発見されていません。それを探すことも解析局の業務ですけれど……少なくともそれまでは、あなたは私達の組織に保護されることになると思います」
ナナコ「どうでしょう……元の世界に戻れるとしても、私は……そうしないかも」
シンジ「ナナコくん。一つ聞きたいことがある」
ナナコ「はい……」
シンジ「きみ、将棋は指せるか?」
ナナコ「いえ……でも、ルールは知ってます。アプリで二回くらいやったことはある気が……どうしてそんなことを聞くんですか?」
シンジ「いや。聞く暇があったから聞いただけだ。できないなら、それでいい……」
シェナ「ナナコさん。元の世界のことを急いで諦めなくたっていいんですよ。いつか戻りたいと思うようになるかもしれませんし、そう思っている人もいます」
ナナコ「……そうですね」
ダリー「その目だって生術で治せる病気かもしれないしな。"彼方"の医療とこっちの医療のどっちが進んでるかは微妙なとこだけどよ」
ナナコ「……そう、ですね。治したほうがいいと思います……」
クウロ「ナナコ。俺も他の人間には知覚できない世界を見ている」
クウロ「魔なる眼、とも呼ばれている。それは見えないものを見る眼だからだ」
シェナ「魔眼、ですね」
クウロ「そうだ。魔眼の持ち主は、他の誰とも共有できない、魔なる世界を生きているといってもいい。だが間違いなく、自分自身の生きた世界だ」
クウロ「俺には嘘が分かる。否定したくないことを、否定する必要はない」
ナナコ「……クウロさん……あの、わ、私……」
キュネー「泣いちゃった!」
ルメリー「あーあ! か弱い女の子を泣かすなよなー!」
クウロ「いや……俺はそういうつもりではなくて……人を慰めるのだけは、どうも下手だな……」
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