チャプター6

◆廃墟・住宅地


キヤズナ「自爆機魔ボムゴーレムの試作はこんなところか。あとは工場本体の設計をどうするかだな……」


キヤズナ「"彼方"の建物があるなら、鉄はいくらでも取ってこれるとして……水源との兼ね合いで、立地も大体決まる……と」


キヤズナ「しかしケイテがいねェとどうにも口数が減っちまってよくねェな。二十九官なんざやめてとっとと助手に戻ればいいのによ」


白い少年「その機械を爆発させるんだね。このままでも動く?」


キヤズナ「おう。多少の段差は乗り越えて自走できる。威力に関しては単純な……」


キヤズナ「……ああ!? 誰だお前」


白い少年「――気づかなかった? 家からずっとついてきていたけどね」


キヤズナ(前触れなく出現する明滅境魔フリッカー! いや、こいつは……!)


(銃撃音2)


白い少年「当たらない」


(斬撃音1)


キヤズナ「ぐっ……!?」


◆路上・彼方


(車両走行音)


ダリー「おい、そこのランプ、点滅していないか!?」


シェナ「えっ!? 警告装置かなにかですか!? 私の運転まずかったですか!?」


ダリー「それもまずいが、そのランプは緊急通信だ! キヤズナの婆さんに何かあった! ラヂオを取ってくれ!」


ダリー「もしもし! 婆さん! 何があった!? 無事か!?」


(ノイズ音)


キヤズナ『…………………』


クウロ「答えられない状況のようだな」


ダリー「おいクウロ、婆さんは生きているのか!?」


クウロ「呼吸と脈拍の音はまだ聞こえていた。手元でラヂオを操作するのが精一杯だたんだろうが……どうする」


ルメリー「どうするっていっても、もう市役所は目の前だろ!? ここまで来て引き返すのかよ!?」


ダリー「婆さんの命の方が大事だ!」


シェナ「戦車機魔でキヤズナおばあちゃんの元まで引き返します! 市役所の方は……」


クウロ「俺とシンジの二人だけいれば事足りる。残りは全員で戻ってくれ。後から追いつく」


シェナ「却下します。こちらで異常が発生していた場合、クウロさん達が追いつく方法がありません。放送を用いた生存者確認は中止です」


シンジ「"彼方"の自動車を動かせばいい」


シンジ「そういうことだろう? 戒心かいしんのクウロ」


クウロ「そうだ。俺達の仕事を終わらせたなら速やかにそちらに向かう。生存者の命が脅かされている可能性があるなら、夜を挟んで翌日を待つことはできない」


シェナ「……分かりました。では、ルメリーさん、ダリーさん、ナナコさん、来た道を戻ります! クウロさんとシンジさんは共同で作戦に当たってください! キュネーさんはどうしますか!?」


キュネー「クウロと一緒にいくよ!」


クウロ「ありがとう、キュネー」


ルメリー「ヒャハハハハ! 調子に乗ってしくじんなよ!」


クウロ「そちらこそな」


ダリー「明滅境魔フリッカーが後ろから来る! やっぱり出現に兆候がない……!」 


ルメリー「どーすんだよ、局長殿!」


シェナ「クウロさん達の背を突かせるわけにはいきません。これから道を戻る以上、明滅境魔フリッカーは私達の進行方向です!」


シェナ「撃破して、突破します!」


【戦闘:たたりがみ×5】


◆ビル内・彼方


シンジ「防災安全課。名前から判断して、ここから放送を行っている可能性が一番高いんじゃないかな」


クウロ「さっきから推論ばかりだぞ、駒柱こまばしらのシンジ。もう少し役所に詳しい"客人まろうど"がいてほしかったな」


シンジ「そんな奴が一体どうやって転移してくるんだ?」


クウロ「さあな。だが妙な遊戯が強いだけの"客人まろうど"だっているんだ。あり得ない話でもないだろう」


シンジ「……」


クウロ「人間嫌いのくせに……新しい"客人まろうど"が発見されるたびに真っ先に話しに行く理由が、今回でようやくわかった。対戦相手が欲しかったんだろう」


シンジ「……別に隠していたつもりもない。この世界は、退屈すぎる。元の世界には、ぼくに勝てる人間はいなかったかもしれないが……それでも、将棋の価値と世界を知る人間が、いくらでもいた」


シンジ「この世界に流れ着いてからは、ぼくだけが異端になった。ぼくに見えていた宇宙より広い世界は、他の誰とも共有できないものになった」


キュネー「……ナナコとは、逆なんだね」


シンジ「正直言って、ぼくは全てを嫌悪している。人道に外れた作戦ばかりをしてきた、というきみらの言い分も、多分間違っていないんだろう……敵だろうと味方だろうと、ぼくの絶望の一端でも味わって苦しめばいいと思っていた」


クウロ「俺は……お前に仲間を殺された。失った腹いせのためだけに何人もの命を殺して、それより価値あるものだったのか」


シンジ「そうだ」


キュネー「そんな……」


シンジ「いいや。では済むものではなかった。数学が芸術であるように、宇宙が芸術であるように……無限の局面から、さらに無限に広がるような……」


クウロ「……」


シンジ「――分からないだろうな。天眼を持つきみですら、分からない。きっと永遠に、ぼくの絶望を理解するものはいないだろう」


シンジ「ここが放送室だな。だが、ぼくには放送システムの立ち上げまではできないぞ。ここからどうする」


クウロ「そっちはあくまで制御用の装置だろう。機械的な配線の流れが分かっていればどうにでもなる」


クウロ「俺なら、見える」


シンジ「配線の接点を直接つなぐわけか。よく試す気になるな……」


クウロ「……"駒柱こまばしら"。お前は外道だ。だが……ナナコもお前も、一歩間違っていたら、俺がそうなっていた姿かもしれない。助けてやりたいと思う」


シンジ「同情はさぞ気分がいいんだろうな」


クウロ「そうじゃない。何かが見えることではなく……ことで人が不幸になるのは、俺が許せない。俺は、全てが見える天眼の持ち主だからだ」


クウロ「駒柱こまばしらのシンジ。俺が今から将棋をはじめたとしたら、どちらが勝つ?」


シンジ「ぼくが勝つ」


クウロ「対戦相手の呼吸や心理を読める将棋指しがいたらどうだ?」


シンジ「それでもぼくが勝つ」


クウロ「未来が予知できる将棋指しがいたら?」


シンジ「……それでも、ぼくが最強だ」


クウロ「フ。それは、なおさら勝ちたくなるな。……通電したぞ」


クウロ「放送開始だ」


◆都市遠景・彼方


クウロ『今、この放送を聞いている生存者に通達する。現在、こちらは生存者の救出に尽力している。身の安全を最優先に確保し、怪物から逃走する必要がない限り、その場から動かないでほしい。こちらから救出に向かう』


クウロ『――どうか、安心してくれ。全て見えている。俺の名は戒心のクウロ。放送を終了する』


◆ビル内・彼方


シンジ「こんな放送で何が変わるんだ?」


クウロ「、だ。……いいか。市街全域の、固定された地点から、ほぼ同じ内容の音声を同時に発生させることができるんだ。こんな設備は俺達の世界にはあり得なかった」


クウロ「この虚界の全ての地形も、生存者の有無も、今の放送で全て掌握した。自動車を確保するぞ、シンジ」


シンジ「……化物だな。天眼」


クウロ「見えるというのはいいことだ。そうだろう。"駒柱こまばしら"」


シンジ「そうだな」


シンジ(誰にも理解されなくとも)


シンジ(誰とも共有できなくとも)


シンジ(ぼくの世界は、ぼくのものだ)

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