チャプター8
◆屋内・彼方(白黒背景)
姉さん。僕はどこにも行かない。
そうだね。僕は幻覚だから、外の世界の辛さなんて分からないかもな……
……まだ怖いなら、僕も傍にいるよ。姉さん。
僕は姉さんの目が好きだよ。姉さんも、そう思える日がくるといい。
僕は――なんなんだろうね。もしかして僕だけが、本物の幽霊なのかな。
いつかこの家を出て……僕のことも忘れてしまうのが、一番いい。
姉さん。姉さんは誰にも呪われてなんかいない。
恐怖と戦うんだ。
……駄目だ。
行っちゃ駄目だ。
◆廃墟・住宅地
ナナコ「……祐貴。祐貴なんだね」
ダリー「局長殿下がれ! こいつは……!」
シェナ「ええ。人間のような形をしていますが、
ユウキ「僕は、君達に危害を加えるつもりなんてない」
ユウキ「姉さんを安心させたい。ただそれだけだ……」
ナナコ「これは……ユウキが起こしていたことだったのね……」
ユウキ「……僕は、姉さんを呪っていた何かじゃない。けれど姉さんの怪物をこの世界に実体化させたのは、どうやら僕らしいね」
ナナコ「だとしても! こ、こんなこと……怖いだけで、なにも安心なんてできない……どうしてこんなことするの、ユウキ……?」
ユウキ「そうしないと、姉さんは戻ってこられないと思ったから」
ナナコ「……」
ユウキ「……もう、自分が狂ってると思う必要はない。姉さんの見ている世界を、もう誰だって見ることができるんだ」
シェナ(ナナコさんは、自分だけに見える幻を恐れ続けていた……けれど、きっと本当に恐れていたのは……)
ダリー「そういう話はいい……! お前は俺達の敵なのか、味方なのか……慎重に答えろよ。返答次第じゃ眉間をブッ飛ばすぞ……!」
ユウキ「姉さんを家に帰すんだ。静かに暮らさせてほしい。……僕の要求は、それだけしかない」
シェナ「……交渉の余地がある魔王と判断します。ですが、あなたが操る怪物の存在は、私達の世界にとって看過できないものです。これらを無期限に停止させることが私達の要求です」
ユウキ「君たちは……やっぱり、姉さんのことを、何一つ分かっていないね」
ユウキ「たとえ姉さんと同じ異端でも……恵まれている。自分自身の目や脳を、本当に信じられなくなったことなんてないはずだ。他の全員が正しくて、自分だけが狂っていると……そんな風に追い詰められたことがない」
シェナ「……」
ユウキ「姉さんは……ずっとそんな恐怖に押しつぶされて、壊れてしまった」
ナナコ「祐貴。いいから。やめて……!」
◆屋内・彼方(白黒背景)
普通じゃなくてもいいのなら、向こう側に行ってしまったほうがいいのだろう。
祐貴がいなければ、正木先輩がいなければ、とっくにそうなっているべきだった。
どうにもできない恐怖と絶望が待っているなら、そうしたほうがいい。
――お願い。正木先輩。
――また、二人で……。
◆廃墟・住宅地
ナナコ「あ、あああああああ……」
ユウキ「……思い出させたくなかったよ。姉さんはあの時扉を開けて、狂気の向こうに行ってしまった」
ナナコ「怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……」
ダリー「おいナナコ、大丈夫かッ!?」
シェナ「違いますダリーさん! 彼の話が正しいのならきっと……これが、ナナコさんの本当の状態で……」
シェナ(あんな怪物を見続けて……呪いのせいで心の支えすら失って、普通の少女がまともでいられるはずがない……自分の見ているものが真実だと思えるようになったから、正気を保っていられたんだ……!)
ナナコ「本当に……本当に、いるんです……今も……暗い物陰から、私の後ろのどこかから……!」
ユウキ「……。その通りだよ、姉さん。いることが救いなんだ。外に出て、いない世界に行ってしまったら……必ず、また狂気に苦しむことになる」
ルメリー「おい」
ルメリー「さっきから聞いてりゃ……勝手なこと、抜かしてんじゃねェぞ……クソが」
キヤズナ「げほっ! かっ……!」
ルメリー「その怪物どもが……お前の大事な姉さんとやらに飯を食わせてくれんのか。話も通じねえ怪物に囲まれて、一人ぼっちで暮らせって言うのか」
ルメリー「口先じゃナナコのためっぽく言ってるけどよ。異端は……まともな連中の目の届かないところで、勝手に野垂れ死ねばいいって言ってるんじゃねェか――アタシの故郷のクズどもと同じだな」
ユウキ「……これはとっくに終わった話だったんだよ。そして、姉さんに関わり続けるなら……怪物と関わった人間は死ぬ。それを本当のことにしなきゃいけない」
(駆動音)
ダリー「
爆弾機魔「ZYYYYYYYYY」
ダリー「正気か!? こんなところで爆発したら全員無事じゃ済まねーんだぞ!」
シェナ「
ユウキ「……安心して。この怪物は、姉さんを爆発から守るためのものだ――消えてもらうのは、君達だけだよ」
ユウキ「僕は、爆発で死ぬ体なんて最初から持っていないからね」
ダリー(ルメリーさんは、キヤズナの婆さんの治療で動けねえ。局長殿は非戦闘員。今にも自爆しそうな
ダリー「クソ面白ェよ……! やってやろうじゃねえか!」
ダリー「ここに来て、ようやく……新しい銃を試し撃ちできるってもんだぜ!」
【戦闘:自爆機魔×1 蠱毒の箱×1 のっぽさま×3】
◆廃墟・住宅地
爆弾機魔「syiiiiiiiiiiii……」
ユウキ「……自爆が止まった……!?」
ダリー「ざまあ……みろ……! 信管撃ち抜いてやったぞ……!」
シェナ「ダリーさん……!」
ダリー「あ、安心しろ……守ってやるからよ。局……長殿……!」
ユウキ(……無意味だ。僕はこの世界で……僕自身を含めて、姉さんの幻覚を存在させることができるようになった。存在しないことが、きっと僕の逸脱だったからだ――)
ユウキ(滅ぼすことなんてできない。怪物を倒し続けたって、勝ち目なんかないのに……)
(唸り声・異形)
首の折れた男「だから言ったのに! 全部分かってるんだよ! 分かってるんだよねえ!」
子供のような植物「ココ……コ、ココ………ココココ……」
隙間の眼球「坂矢野二丁目の大原さんはいらっしゃいますか。坂矢野二丁目の大原さんはいらっしゃいますか……」
ダリー「おう、次はどいつだ!? 全部……新型のセミオート散弾銃で、ズタズタにしてやる!」
シェナ(ダリーさんが……安心しろと言ったのは、私に対してだけじゃない)
ナナコ「う、うう……う……」
シェナ(ナナコさんを撃って終わりにしないから、安心しろと言ってくれている。けれど、こんな状況では……)
シェナ(私が撃つしかない)
(斬撃音1)
シェナ「う……!」
ダリー「局長殿ッ!」
ユウキ「余計な真似をしないで」
シェナ「……いいえ、します!」
(銃撃音1)
ダリー「……ッ、銀箔……チャフ弾……!?」
シェナ「キヤズナおばあちゃんから……あ、預かってました。"彼方"の電子兵器を妨害できる武器だ……と……」
ユウキ「分からないな。……攻撃ですらない。電子だとか……そういう理屈じゃないんだ。こんなもの、僕らには最初から意味がない――」
(射撃音・弓)
(射撃音・弓)
(射撃音・弓)
首の折れた男「おお」
子供のような植物「コッ」
隙間の眼球「ぎゅいっ」
ユウキ「……!?」
シェナ「――ええ。あなた達にとってはぜんぜん、意味なんてありませんよね」
シェナ「でも、空中高くから舞い落ちる小さな銀箔の……一枚一枚に反射する映像を……全て視認できる者がいたとしたらどうでしょうか?」
(射撃音・弓)
ユウキ「……ッ」
クウロ「そんな小細工をしてもらわずとも、最初から全て見えている。局長」
クウロ「――だが、一手分早く辿り着けたな」
ユウキ「天眼……か。姉さんと同じ、異端の目の持ち主……」
シンジ「なるほど。厄介な敵のようだな。矢で心臓を貫いても死んでないのか……」
ダリー「へ、へへ……天才どもが。結局、美味しい役を取りやがって……」
クウロ「フ。本当に美味しい役はお前の方だ。美女を四人も守って戦うなんて、誰にでもできる体験じゃないだろう」
クウロ「……後は俺に任せろ」
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