チャプター9

◆廃墟・住宅地(白黒背景)


思い出した。


何もかもが変わってしまったのは、この世界に追放されたからじゃない――


私の世界は……とっくに全て壊れてしまっていたんだ。


◆廃墟・住宅地


クウロ「……"駒柱こまばしら"。そもそも実体のない魔王は、物理的に無敵だ。お前ならこの状況をどうする」


シンジ「ナナコを殺せばいい、とでも言うと思ったのか? ふん。確かに当初はそう主張していたが、今の意見は違う」


シンジ「――ことはそう単純じゃない。ぼく達と最初に遭遇した時、ナナコは眠っていた。本体の意識がなくとも明滅境魔フリッカーは持続すると考えるべきだ。仮に殺した場合、その想像力の産物はどうなるのか……予測できない」


クウロ「お前も変わったな」


シンジ「何がだ。それでどうする。局長」


シェナ「ナナコさんを連れて撤退します……! ユウキさんの魔王としての権能は、虚界から離れて無制限に発揮できるものではないはずです! 一度明滅境魔フリッカーの脅威が及ばない地点まで撤退し、ナナコさんを生かしたまま事態を収束させる方法を探します!」


クウロ「了解。じくのキヤズナの治療が終了するまでは、俺が時間を稼ぐ!」


ユウキ「そうはさせない……! 姉さんの心は、僕が守る……!」


(戦闘音4)


ナナコ「う……うう……祐貴……祐貴、助けて……っ……」


ルメリー「……ナナコ」


ルメリー「おいナナコ! 甘ったれてんじゃねェぞ!」


ナナコ「……ッ」


ルメリー「お前らの事情は全然分からねェけどよ! あのユウキって奴はお前を心配してるんだろ!? 自分に何の得もねーのに、クウロみたいなバカ強い奴と戦ってるんじゃねェか!」


ルメリー「お前が弱くて耐えられてない部分を……お前を心配してる、誰か他のやつが被ってんだよ! そういうやつの目の前でメソメソして、ますます心配させるような真似すんじゃねーぞ!」


ナナコ「ルメリーさん……私は、怖い……」


ルメリー「死ぬほど今更だけどな。アタシはお前みたいなのが嫌いだ……! 全然一人じゃねェくせに、一人みたいな顔しやがって。クソくだらねェ普通の奴みたいになりたがりやがって。どうせ一人なら、息苦しいだけの普通の連中なんて、全員ブン殴りゃよかっただろうが!」


ナナコ「私……私も……あなたみたいな人が、嫌い……! 私と同じような境遇なのに……無関係に強くて……苦しみや、辛いことなんて、全部力づくでどうにかできると……思ってる人が……!」


ナナコ「私の目も……おそろしいものも、嫌い……! 正木先輩のことだって、本当は嫌いだった!」


ナナコ「祐貴だって……私のことを本気で思ってくれてるのに、こんな……こんな怖いことばかり……!」


ルメリー「――やっと本音が出やがったな。じゃあ、どうするんだナナコ!」


ナナコ「……!」


ルメリー「このままお前の嫌いな連中に好き勝手やらせていいのかよ!?」


ナナコ(私は……!)


【戦闘:在らざるユウキ×1 たたりがみ×4】


(斬撃音1)


ユウキ「どうして一発も当たらない……!」


ユウキ「この世界に存在しないものの動きを、どうして見切ることが……」


クウロ「……確かに、そいつらは極めて例外的だ。俺の天眼でも、想像上の怪物である明滅境魔フリッカーの出現地点を完全に予測することはできない。だが」


シンジ「右後方二十。右前方十五。左後方五――ああ。僕の後方零」


(射撃音4)


シンジ「……想像上の怪物ということは、ということでもある。子供はたまに戦術的に不合理なことをするからこういうのは難しいけれど……まあ、目の前で反応を見れるのは楽だ。


ユウキ「それでも……僕は消えない。姉さんを渡すわけには……」


ナナコ「やめて」


ユウキ「……」


ナナコ「やめて。祐貴も……他の人達も、全部やめて! こんなの、私の目の、私の世界の恐怖なのに、勝手に踏み込んでめちゃくちゃにしないで!」


シェナ「ナナコさん……」


ナナコ「……シェナさん。私のこと慰めてくれて、ありがとうございました。けれど……けれど、わ、私。シェナさんに……この目の悩みが分かるって言われた時……」


ナナコ「って思ったんです。私のことを心配して、優しさからそう言ってくれてるって……わ、分かってたのに――」


ユウキ「……」


ナナコ「祐貴にも……ごめん。他の人達に、私の見ているものが見えたって……結局、何も変わらなかったの。私の世界は……私の世界でしかなかった――」


ナナコ「私にとっては、何よりもおそろしい、夜の闇の恐怖を……抗えないような、ものだったのに。皆はただの、かなにかを駆除するように倒して……」


ユウキ「……彼女達と出会ったことが、失敗だったんだよ。僕達は……静かに終わっていくのが、一番良かったんだ」


手の群れ「オオオオオ、オオオ……」


ユウキ「もう帰ろう」


ナナコ「ううん」


(打撃音2)


ユウキ「ぐっ!?」


手の群れ「ッギャアアアア! アアアアアアア!」


ダリー「明滅境魔フリッカーが……ユウキを、攻撃した……!?」


シンジ「……。どういうことだ、これは」


ナナコ「私は、私の目が嫌い。……もしかしたら、好きになれたのかもしれないけれど。夜の恐怖を受け入れることができたのかもしれないけれど――そうはならなかったのが、私だから」


ユウキ「姉さん……ぼ、僕は……!」


ナナコ「だから、私は恐怖をことにしたの」


手の群れ「ギャアアアアアアアアアッ!」


(唸り声・異形)


(打撃音2)


ナナコ「――私の想像に屈服して、自由に動かすことも、倒すこともできる。ただの怪物みたいに。最初からそうできた……気づいていなかっただけで……」


シェナ「ユウキさんの魔王としての逸脱は……非実在のはずのナナコさんの想像が、という一点だった。だから、彼が制御できるのは実在化の部分だけで……」


(唸り声・異形)


シェナ「……その挙動を想像するのは、最初からナナコさんの方だったんですね」


クウロ「二人で一人の魔王だった。どちらが失われても、この世界に対しては何もできない……」


ユウキ「そ、そうか……そうか」


ユウキ「それなら、よかった……もう姉さんは、夜を怖がることも……狂ってしまうこともないんだ……」


ナナコ「祐貴。あなたを愛してる。でもあなたは……私の、幻なの」


ユウキ「そうだよ。姉さんの頭は……おかしくなんてない」


ユウキ「最初から、僕が消えるべきだった……」


ユウキ「ずっと心配だったんだ。姉さん。姉さん……」


(消滅音)


ナナコ「……」


ナナコ「……シェナさん。私は……」


ナナコ「私は、これからどうすればいいんでしょうね?」


シェナ「明滅境魔フリッカーは……事実上、無力化しました。もう私達が、この件に関わることはありません。ナナコさんは……やっぱり、解析局で保護されることになると思います。今後、あなたにできることは……」


ルメリー「そうじゃないだろシェナ。こういうことは、人に尋ねることじゃねえ」


ルメリー「何がしたいか考えろ」


ナナコ「……やっぱり、ルメリーさんは嫌いですよ」


ルメリー「ヒャハハハハハ! 残念だけどよ、そういうのは大歓迎だ! 嫌われるのは慣れてるからな、アタシは!」


キヤズナ「……ったく。アタシを蚊帳の外にして随分盛り上がってたじゃないかい」


ダリー「婆さん! 目を覚ましたのか!」


キヤズナ「アタシを誰だと思ってんだ。事件が終わったんならとっとと帰るぞ。こんな景気の悪い虚界は二度とごめんだね」


ダリー「ハハハ! 一発でやられたから拗ねてるのか! なあ婆さん!」


キヤズナ「じゃれつくなバカ!」


シェナ「ナナコさんも、行きましょう」


ナナコ「……」


シェナ「どうしましたか?」


ナナコ「……いえ。まだ、ユウキがどこかにいる気がして」


シェナ「……そうですね。ナナコさんが想像するなら、本当にいるんだと思います。ナナコさんがどれだけその目を嫌っていても……」


シェナ「ユウキさんは確かに、ナナコを愛していたんですから」


ナナコ「……ええ」


ナナコ「またね。ユウキ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る