二十六話 おにぎり和解

「という訳で決闘は俺が勝ったわけだが」

「勝ってない。反則負けにもほどがある」


 先ほどの戦いで完全なる反則勝ちをやらかしたルイス。プリマリアはこってりと彼を叱ったが、それでもルイスは勝ったと主張し続けている。


「この坊主の決闘に応じた事自体が間違いだったな。今の決闘は無しだ、嬢ちゃんとの話し合いで解決しよう」

「すみません。うちの馬鹿のせいで酷い目に遭わせてしまって……」

「嬢ちゃんが謝る必要はない。今この場で真に謝るべきなのはそこにいる坊主ただ一人だ」

「俺のどこに謝る必要が?」

「必要だらけなんだよなぁ」


 キングゴブリンは先ほどの決闘を無かったことにし、プリマリアとの話し合いで解決する事にした。プリマリアがペコペコと謝る一方、ルイスはまったく謝ろうという気配がない。その傲慢さにキングゴブリンは一瞬顔をしかめるが、プリマリアと話すためにすぐさま平穏な表情へと切り替えて座り込む。


「で、お前らの要求は人を襲うな、だったな。それに対する俺様達の要求は簡単だ。もう二度と人間はおにぎりを押しつけに来るなって事だ。まずいおにぎりなんて絶対いらないし、美味しいおにぎりも米があればこっちで作れるからいらない。他にもおいしい物も沢山あるからな」

「……そういえば気になったんですが、どうしてそんなに美味しそうな物が沢山あるんですか?」

「俺様達ゴブリンはあちこちを旅していい食材を集めたり育てたりするのが好きでな。もちろん集まる量の関係で毎日美味しい物を食べれるって訳でもないが、今日はたまたま集めた食材を調理してふるまう日だったんだ」

「すごく楽しそうな種族ですね。人間もこれくらい食の積極性を取り戻して欲しいです……」

 

 ゴブリン側からの要求は、おにぎりを押しつけるなと言う一点だけだった。ここいらのゴブリンは食には貪欲で、世界中から食材を集め料理をして暮らしているようだ。なのでまずいおにぎりはもちろん、美味しいおにぎりもこれ以上必要ないほど恵まれている。


「まぁ、要求はそれだけだな。坊主や人間側の謝罪も欲しいところだが、多分皆坊主みたいな態度で謝ってくれないだろうからなぁ」

「それだけで良いんですか? こっちはそれで済まないくらい大分無礼な事をやらかしたと思うんですが」

「むかつくっちゃあむかつくが、あんま事を荒げる気はねぇから譲歩した。それに嬢ちゃんみたいな奴に会えたんだから十分儲けもんだ」

「あ、ありがとうございます」


 キングゴブリンからの要求はそれ以外に無かった。割と正気なプリマリアとの縁を築けただけ儲けだと思っているようで、態度もだいぶ柔らかい。プリマリアは感謝の言葉を口にして頭を下げる。


 すると、キングゴブリンはプリマリアに優しい表情でこう問いかける。


「……なぁ嬢ちゃん。やっぱり俺様達のとこで働く気は無いか? 毎日とは言えんが、いろんな料理を食べられるぞ。嬢ちゃんそういうの欲しいんだろ?」


 キングゴブリンはどうやら本気でプリマリアをスカウトしたいらしい。プリマリアは一瞬、迷いの表情を見せたが……。


「ありがたい申し出です。私もいろんな料理食べたいですし、アイスクリーム美味しかったですし、アイスクリームもっと食べたいですし、アイスクリーム大好きです。でもルイス様のそばにいる事が私の願いなのでお断りします。アイス食べたい」

「本当に願っている事か、それ? 全体的に『アイスもっと食べたい』って願いの方が強く見えるんだが」


 プリマリアは、ルイスのそばにいたいと言う思いを告げて断った。だがその言葉は明らかに「アイス」と言うさきほど与えられた物の影響を色濃く受けていて、未練が垣間見える。


「……私だってルイス様がただのおにぎり狂いの糞野郎だったら、ずっとそばにいようだなんて思いません。前はとても強くて頼もしくて、優しい人だったんです」


 プリマリアは少し俯きながら、更に言葉を続ける。その目からは寂しさが垣間見えた。


「千年前。精霊姫の私は勇者であるルイス様と出会いました。ルイス様は魔王を剣一振りで倒してしまうほどお強いお方でした。そんな強さと、精霊姫として魔王から世界を守る使命を持っていた私を気遣う優しさ。それを持っていたルイス様を私は愛していました」


 プリマリアは自身がルイスを愛していたという事を語った。千年前、自身が体験した燃えるような愛。それを思い返すように。


「待て、待て。精霊姫とか千年前とか勇者とか魔王とか、俺様が初めて聞く情報なんだが。坊主が剣一振りで倒した相手って、魔王だったのか?」

「あ。そういえばそこらへん言ってなかったですね……うっかりしてました」

「嬢ちゃんも抜けてるとこあんな……」


 キングゴブリンは突然の新情報の連続に混乱した。千年前だの、プリマリアが精霊姫だっただの、勇者だの魔王だの、今まで聞いてなかった。プリマリアはうっかりしてたとまた頭を下げた。


「話を戻します。私は魔王を倒した後、私は精霊界に帰らなければならなかった。その時にルイス様に願ったんです。『ルイス様。また私を召喚できる日が来たら、その時は……永遠に貴方のそばにいさせてください』と。ルイス様は……優しくほほ笑んで、頷いてくれました」

「……愛の告白みたいなシチュエーションだな」

「私にとってはそんな気分だったと思います」


 話は戻る。プリマリアはルイスとの別れ際、アミュレットを渡すと共に約束を交わした。精霊界が復興し、また召喚できる日が来たら一生そばにいる、と。プリマリアはその約束を胸に、精霊界を復興して千年の時を持ったのだ。


「そしてルイス様と別れましたが、千年の時を越えて再会しました。そしたら……」

「そしたら?」

「あのざまになりました」

「あのざまになっちゃったかー」


 で、実際再会したらあのざまになってしまったのだ。キングゴブリンもこれには苦い顔付きになってしまった。


「それでも。あのざまになってもルイス様の別れ際のほほ笑みは忘れられないんです。ずっと私が愛したルイス様。私はあの時のように優しくほほ笑みを浮かべてくれるルイス様とまた会いたい。だから昔のように戻ってくれる事を期待して……約束通り変わってしまったルイス様のそばにい続けているんです」

「……」


 キングゴブリンはプリマリアの吐露した思いを、悲しそうな表情で静かに聞く。プリマリアはわずかな、本当に望みがこれっぽっちも無いようなわずかな可能性である「ルイスが元通りの態度に戻る」と言う未来を夢見て、ルイスのそばにいると決めたようだ。


「ちょっと悩みましたが……そういう訳だからキングゴブリンさんの申し出には答えられません。ごめんなさい」

「……嬢ちゃんは過去に呪われているみたいだな。一度変わってしまった心なんて、元に戻るとは限らねぇんだぞ。しかも変わり方も訳分からんから、なおさらにたちが悪い」

「そうかもしれません。でもこの希望はなかなか捨てられません」

「まったく、難儀だな」


 切なげな笑顔で希望を捨てられないプリマリアを、キングゴブリンはやれやれと呆れた様子で見つめる。だがその視線には悪意のようなものは全く無い。


「ま、嬢ちゃんが決めたならしょうがない。でも俺様達はいつでも嬢ちゃんを受け入れる気でいるから、辛くなったらいつでも来いよ」

「……ありがとうございます」


 キングゴブリンはプリマリアに優しい言葉をかけ、話に区切りをついた。そしてキングゴブリンはすくっと立ち上がり、元気そうな声を上げる。


「さて、それじゃあ中断してたバーベキュー大会の続きでもやるか! そうだ、嬢ちゃん達も一緒に食わねぇか?」

「えっ。いいんですか?」

「あぁ。あんたらとの友好を願いを込めた祝い……みたいなもんだ。好きなもんを食えるぞ、アイスクリームもまだあるしな」

「アイスクリーム! 私、さっきのアイスクリーム大好きです!」

「ははは。嬢ちゃんはそういうのが好きなんだな」


 キングゴブリンが言い出したのは、バーベキューの再開だった。先ほどのアイスクリームも食べられると聞き、プリマリアはきらきらした目で楽しげな表情に移り変わる。


「よし、ゴブリンども! 急いでバーベキューのやり直しだ! 食材を食糧庫や冷室からまた持ってこい! 人数増えたからそれもちゃんと考慮しろよ!」

「ゴブゴブー! もっと食べられるゴブー!」


 キングゴブリンは周囲にいた部下のゴブリン達に命令し、ゴブリン達はそれに応えるようにテンションを上げて騒ぎ立てる。それを見たプリマリアはとても楽しい祭りが始まりそうな予感を感じ、笑顔になった。




「食材ならもうないぞ」




 ここまで無視されていたルイスから、突然声が上がった。


「え。ルイス様、それは一体どういう意味で……」


 プリマリアが困惑した様子でそう聞くと、ルイスは得意げな表情でこう言い放つ。


「二人の話が長かったからな。その間に食糧庫やらに忍び込んで食材を全部おにぎり錬金でおにぎりに変えてきた」

「は??????????」

「は??????????」


 どうやら彼は、ゴブリンの洞窟の食糧庫やらにある食材を全部おにぎりに変えてしまったようだ。あまりにも突拍子の無い衝撃的で理解不能な行動に、キングゴブリンとプリマリアは口から大量の疑問符が飛び出す。


「おっと、礼ならいらない。なんせ俺は当然の事をしたまでだ。だってゴブリン達の食材をおにぎりに変える程度、俺には訳ないからな。ははは」


 ルイスはそう言って、まるで自分が良い事をしたかのような態度で笑う。彼にとって米以外の食材はおにぎりに変えて良い物と思っているようだ。


「……KILL YOU」

「……KILL YOU」


 そして食材をすべておにぎりにされたキングゴブリンとプリマリアの口からは、ツッコミをすっ飛ばして明確な殺意が出てきてしまうのであった。キングゴブリンの事を荒げる気はないと言う意思や、プリマリアの彼を愛していたと言う思いを忘れさせてしまうほどの殺意であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る