プロローグ・二 精霊姫と共に
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『ルイス様。また私を召喚できる日が来たら、その時は……』
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「……いつの間に眠ってしまっていたのか」
ルイスは苔の香りを感じて目を覚ました。
「何か大切な夢を見ていた気がする。とても大事な夢……」
何か夢を見ていた気はしたのだが、夢を深く考えても仕方ないとルイスは起き上がる。
すると指からパキンという音が鳴り響く。見てみると、時渡りの輪の宝石にひびが入っていた。これではもう使い物にならないだろう。
「魔力を込めすぎたか。もっと丁寧に扱えばよかっただろうか」
ルイスはがっかりしたが、その直後に自分の体の異変に気付く。
「体が少し縮んでいる……?」
僅かばかりだが、自身の体が小さくなっていたのだ。何事かとしばし体をペタペタと触る。そしてふと、あることを思い出す。
「そういえばマジョーネから聞いたことがある。時間を操作すると使用者の年齢もずれてしまう場合がある、と」
もしかしたら時渡りの輪を使った影響で体が若返ってしまったのかもしれない、とルイスは思った。
改めてルイスは周囲を見渡す。そこは儀式を行った洞窟であった。しかしよくよく見ると儀式をした時とは様子が変わっていることに気づく。
一番目立つ変化は、周囲に付着した苔の量が明らかに増えていた点だ。先ほどまでこの洞窟はそれほど苔が多い印象はなかった。
「これはもしかすると……」
ルイスは大急ぎで洞窟の外へと駆け出す。
洞窟の外は鬱蒼とした森に囲まれていた。確かに森は儀式を行う前にもあった。しかし木々はルイスの記憶よりも大きくなっていて、地面に生えた草花も以前生えていたものと種類が違う。明らかに様子が変わっている。
「これは時渡りが成功した、と考えていいかもしれない。やったぞ!」
ルイスは嬉しそうにそう叫ぶ。夢にまで見た未来への転移、それが実現できたのだ。久々の興奮に胸が高まった。
が、すぐさま落ち着くように息を整える。
「落ち着け、興奮するのはまだ早い。まずは世界を見てから判断しなければ。そのために、森を出る準備をしないとな」
ルイスは改めて自分の持ち物を確認する。洞窟に置いてきた物もないし、儀式前に身に着けていた物はすべて揃っている。なんとなく服がぶかぶかになった気がするが、許容範囲であろう。さて、森から出るために他にやるべきことは……。
「そうだ。念のため魔法を使えるかどうか確認しなくちゃな。さっき魔力を大量に使ったから使えなくなってるかもしれないし」
魔力を練り上げて様々な現象を起こす「魔法」。家事の支援から戦闘の攻撃手段まで、さまざまな事が可能な技術である。
これが使えなくてはもしもの時に生き延びる確率がぐっと減ってしまう。
ルイスは体内に秘める魔力の規模も魔法の技術も超一流であるためあまり必要のない確認行為であったが、「念には念を」の精神である。
「召喚魔法を使ってみよう。今ならプリマリアを呼べるかもしれない」
ルイスが選んだ魔法は召喚魔法。契約した魔物や精霊に呼びかけ、目の前に呼び寄せる事ができる魔法だ。
さっそく彼は魔力を練り上げ魔法を発動させる。独自の術式を体内で編み続けると、ルイスの目の前にある地面に魔法陣が現れる。
「来い、プリマリア!」
ルイスは叫ぶ。魔法陣から突風が音を立てて放たれる。そして少しずつ、魔法陣の中央から人型の姿が浮かび上がる。
そして魔法陣が消え突風も止むと、そこには純朴なドレスに身を包んだ美しい緑髪の少女が立っていた。背丈は若返ったルイスと同じくらいだろうか。
「あぁ、ルイス様! お会いするのをお待ちしておりました!」
「久しぶりだな、プリマリア」
少女はルイスの前に駆け寄ると、嬉しそうな顔を浮かべながらひざまずく。
彼女は精霊姫プリマリア。ルイスと契約し魔王討伐の旅路にも同行した、長き時を生きる精霊族の姫君である。
「ルイス様とお会いし、その強さに一目惚れしてから千年。また召喚される日を今か今かと精霊界の奥で待ちわびておりましたが、今日ようやく悲願が果たせました!」
「千年……。お前と会った時から千年も経っているのか?」
「はい! 間違いありませんとも!」
プリマリアはニコニコと笑顔を浮かべるが、一方でルイスはプリマリアの発言した「千年」と言う単語に驚いた。彼女の発言が間違いないのなら、ルイスは千年後の未来へやってきたということになる。多大な魔力を時渡りの輪に込めたとはいえ、ルイスも予想外であった。
「そうか、それほど時が経っていたか……」
「時を超えたか寿命を克服したかは存じませんが、これほどの時を生きた人間は初めて見ました。さすがルイス様ですね!」
「大したことはしてないさ。それに、自分の望みのために皆を置いてきてしまった。俺は優れた人間なんかじゃないさ」
「いいえ。生き物とは様々な望みと共に成長する物。望みを離さず成長し続けるあなた様は世界で最も素晴らしいお方です。私が保証します」
「……ありがとう、プリマリア」
ルイスは少しセンチメンタルな気分になったが、プリマリアに励まされ気分を持ち直す。
「よし。これから世界を巡る旅に出よう。プリマリア、ついてきてくれるな?」
「もちろんです! そのために受肉を済ませあなた様のそばにお仕えしているのですから! ただ、ここ千年の間は精霊界の外を出ていないため人間界の最近の事情についてはお教えできないのが残念です……」
「大丈夫、なんとかなるさ。じゃあ、行くとしよう!」
そして二人は森を突き進み、新たなる冒険を始めるのだった……。
***
二人が森をしばらく進むと、開けた場所に街路のようなものを発見した。千年前には無かった物だ。
そしてしばらくそのそばで待つと、数台の商団と思しき馬車が通りかかった。
二人はその馬車の一台に乗せてもらって、一番近い街まで行く事にした。
「いやぁ。若いのに長旅とは感心ですね」
商会を取りまとめているというやや小太りのウルマーさんが、馬車の中で話しかけてきた。ちなみに、千年前から来た勇者と精霊界の姫君であるとばれては大騒ぎになってしまうので、二人は長旅をしているただの旅人と偽って乗せてもらっている。
「乗せてくれて感謝する。俺たちはここら辺の地理に疎いから助かった」
「大丈夫ですよ。その代わり、盗賊が出てきたら一緒に戦っていただけますか。その恰好を見るに、戦いは得意なんでしょう?」
「任せてくれ。それなりに武器は使える」
「ふふ。ルイス様ったら謙虚ですね」
ウルマーに頼まれたルイスはトンと胸を叩いた。プリマリアはルイスの言葉を聞いて横でクスクスと笑う。
その時、クウウ、という小さな音が聞こえた。ルイスはその音を聞いてそっと腹をさする。
「おやルイスさん、食事はまだですか?」
ウルマーにそう尋ねられると、ルイスはそっと頷く。
「そうだな。考えてみれば腹ごしらえせずに森を出たから、しばらく何も食べてないな」
「そうですね。私も少しお腹がすきました」
ルイスとプリマリアは森を出るのに夢中でしばらく食事をしていなかった。
ルイスは勇者であるためすぐに何か食べなくても死にはしないかも知れない。しかし、空腹は空腹だ。何か食べたいと思う生き物の宿命には逆らえない。
また、プリマリアは精霊であるため普段は普通の食事を必要としないが、召喚魔法で受肉した今は人間とほぼ同一の食事が必要となっている。
「でしたら軽いものですが昼食をごちそうして差し上げましょう。ちょうど妻の作った特製おにぎりが余っております、一緒に食べませんか」
「そこまでしていただいていいのですか?」
プリマリアが申し訳なさそうにウルマーへ尋ねる。
「いいんですよ。食事は皆で食べたほうがおいしいですからね。それに妻の作ったおいしいおにぎりですからぜひ誰かに食べてもらいたいと思ってたんです」
するとウルマーは嬉しそうに昼食を一緒に食べたいという思いを口にした。その言葉から悪意は何もない。
「そうか。それならその言葉に甘えよう。プリマリアも食べるよな?」
「そうですね。そこまで言うんでしたら私もいただきます」
その言葉に甘える形で、ルイスとプリマリアは昼食としてウルマーの妻が作ったという特製おにぎりを食べることとなった。
「ありがとうございます。えーと、確かここにしまってあったな……」
ウルマーは馬車の隅に置いてあった荷物袋の中から紙包みのような物を取り出した。
そして自慢げな顔でウルマーはその紙包みを広げる……。
「見てください! これが妻の作った特製おにぎりですよ!」
包みから出てきたのは、真っ黒になった土くれのような何かであった。
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