十一話 おにぎり食堂

「一睡もできなかった……」


 朝。「宿屋 おにぎり」の食堂。朝食を食べに来たプリマリアは目の下に精霊姫らしくないクマを浮かべながらそう呟いた。

 プリマリアは疲れていたにもかかわらず、眠る事ができなかった。おにぎりベッドのねちょねちょ感が気になって気になって仕方なかったのだ。

 途中から「床の方がマシだ」と思い、ルイスと同じように床で寝始めようとしたのだが……残念ながら床もねちょねちょしてた。そういえばこの建物おにぎりだったんだっけとプリマリアは絶望し、そのままねちょねちょに包まれ夜を過ごすこととなった。


「あ! 昨日泊まったご夫婦の奥さん、昨夜はぐっすり寝られたで味噌焼きおにぎり? それとも楽しい一夜で夜更かししちゃった味噌焼きおにぎり~?」


 味噌焼きおにぎりちゃんが可愛らしいおにぎり耳をひょこひょこさせながらニコニコとプリマリアに話しかける。冷静に考えると、なんでおにぎりの耳がひょこひょこ動くんだよとツッコみたい気持ちもプリマリアにはあったが、精神的に限界だったのでツッコまなかった。


「あんな部屋でまともな人がぐっすり寝ることも楽しい一夜もできる訳ないでしょう……。もっとましな部屋を用意してください」

「えー? でも隣にいる旦那さんは元気そうで味噌焼きおにぎり。完全回復! って見れば分かるくらいツヤツヤしてるで味噌焼きおにぎり」

「この人はまともじゃないんだと思います」


 プリマリアはちらりと、隣にいるルイスの方を見る。ルイスは呑気に「ふむ、今日は何を食べるべきか」と食堂のメニュー表を見ているが、なんか肌がツヤツヤテカテカしてて昨日以上にコンディションが良いことが伺える。驚くことに彼はプリマリアとは違い、ねちょねちょしている床でもぐぅぐぅすやすや眠る事が出来たのだ。プリマリアも「この人神経図太いな!?」と驚いたものだ。


「それとミオさん」

「味噌焼きおにぎりちゃんと呼んで欲しいで味噌焼きおにぎり」

「……味噌焼きおにぎりさん。私達は夫婦ではないのでその呼び方はちょっと控えてくれますか?」


 プリマリアは味噌焼きおにぎりちゃんが自分たちの事をしつこく「夫婦」として呼びかけてくるので、今のうちに否定することにした。今のルイスと夫婦と思われるのは……なんというか、恥ずかしいというか変人と思われそうで怖いというか、まぁそういう複雑な感情だったのでプリマリアにとってあまりいい気分ではなかった。そもそも周囲も変人ばかりなのだが。


「えー? じゃあなんて呼べばいいので味噌焼きおにぎり?」

「普通に名前で呼んでくれれば結構です」

「分かったで味噌焼きおにぎり! えーと、たしか二人の名前は『ルイ焼きおにぎり』さんと『プリ焼きおにぎり』さんだったで味噌焼きおにぎりね! これからはそう呼ぶで味噌焼きおにぎりっ!」


 味噌焼きおにぎりちゃん、絶対わざと間違えてんだろとプリマリアは思った。


***


「それで、朝食は何にするで味噌焼きおにぎり?」

「……まともな朝食なら何でもいいです。炭みたいなおにぎりとかは嫌です。まともな朝食出してくださいお願いします」


 味噌焼きおにぎりちゃんに朝食を何にするかと聞かれ、プリマリアはまともな食事を所望した。彼女は昨日ウルマーに貰ったおにぎりが相当なトラウマになっていた。


「それじゃあこの食堂の目玉メニューの『日替わり白おにぎり』がおすすめで味噌焼きおにぎり! 毎日違った味をお得な価格で食べられるんで味噌焼きおにぎり!」

「その名前だと日替わりで味変える余地があまり無いのでは……?」

「そんな事無いで味噌焼きおにぎり! 何故か毎日見た目も味も大きく違うから、全然飽きないんだ味噌焼きおにぎり!」

「『何故か』ってなんですか『何故か』って。もしや見た目と味が変わる原因特定できてないんですか?」

「でもでもとっても美味しいで味噌焼きおにぎりよ! 美味しすぎて皆のほっぺたが落ちるんで味噌焼きおにぎり! 物理的に」

「物理的にほっぺたを落とす料理出すな。危険物質だろそれ」


 プリマリアは味噌焼きおにぎりちゃんに『日替わり白おにぎり』をおすすめされたが、明らかに怪しかった。味噌焼きおにぎりちゃんはおすすめ情報を色々と語るが、そのたびにプリマリアの顔は嫌悪の表情に歪む。絶対そんなもん頼むものか、と言う意思が完全に見えちゃってる。


 しかしルイスは「なるほど」と一言言った後、味噌焼きおにぎりちゃんに注文をした。


「それはおいしそうだな。じゃあその日替わり白おにぎりを二つくれ」

「る、ルイス様本気ですか!? 原因不明の見た目や味の変化が起こる上物理的にほっぺたが落ちる白おにぎりなんて危険ですよ!?」

「たまには変わった味付けの料理を食べたいからな。一度冒険してみるのもいいだろう」

「外傷を負う料理を『変わった味付け』程度に判断しないでください」


 気楽なノリで注文したおにぎりに期待するルイスに対し、プリマリアは「勇者がこんな危機管理能力でいいのか?」と思った。


「かしこまり味噌焼きおにぎりました~! それじゃあすぐに作ってくるで味噌焼きおにぎり!」


 注文を聞いた味噌焼きおにぎりちゃんは、にっこりとそう言った。


「え、あなたが作るんですか?」

「そうで味噌焼きおにぎり! 雇ってた料理担当は全員おにぎり中毒で入院中だから今は味噌焼きおにぎりがやってるでおにぎり!」

「おにぎり中毒ってなんだよ。この宿でなにがあったんだ」


 どうやら料理担当がおにぎり中毒になったため、この宿の今の料理人は味噌焼きおにぎりちゃん一人のようだ。おにぎり中毒と言う聞き馴染みが無い怪しい単語に、プリマリアは危機感を持った表情で反応した。やっぱりおにぎりを作らせるの止めるべきだよなぁ、とプリマリアは思ったが……。


「それじゃあ行ってくるで味噌焼きおにぎり~」


 と、プリマリアが止めるまもなく味噌焼きおにぎりちゃんは厨房があると思われる方向へと走り去ってしまった。


「はぁ……。大丈夫なんでしょうか。明らかに危険物質が来る気配しか無いですけど」

「大丈夫だ。ほら、厨房の方からおにぎりを作る騒がしい音が聞こえてくるだろう? あの子が頑張っている証だ」

「おにぎり制作ってそんな騒がしい音しますっけ……?」


 厨房があると思われる方向に耳を傾けると、たしかに何かを作る音は聞こえてくる。が、その音と言うのは……。


 とんとん。

 ぐつぐつ。

 ことこと。

 ぐらぐら。

 ばきっ!

 ぐしゃっ! 

 どごっ! 

 どがーーーーーーーーーーーーーん!! ばばーーーーーーーーん!! がぎーーーーーーーーーんっ!!


「おおよそ白おにぎり作ってるとは思えないオノマトペだけど、大丈夫なのだろうか。すっごい不安」


 プリマリアの不安は更に育った。

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