十七話 おにぎり狩り
「ONIGIRIIIIIIIIIII!!!!」
「オニギリィ!?」
おにぎりボアというらしい巨大なイノシシは、「おにぎりー」と叫びながらおにぎりウルフ達に向かって突進する。おにぎりウルフ達も必死で逃げようと試みたようだが、時すでに遅し。「おにぎりぃ」と哀れな鳴き声を発して吹っ飛ばされてしまう。
巨大おにぎりに隠れる二人はその様子を陰から見続けていた。
「おにぎりウルフをあんな簡単に吹っ飛ばすとは、思った以上に厄介そうだな」
「……鳴き声が両方とも『おにぎり』なのはツッコんだ方がいいですかね?」
「駄目だ。さっきの叫びツッコミは咆哮に掻き消えたから気づかれなかったようだが、また叫ぶとおにぎりボアに見つかる。しばらく隠れたのち隙を見ておにぎりを食べながら逃げるぞ」
「門番からの忠告を律儀に守っておにぎりを食べようとしないでください。危険度がよく分からないから逃げるって意見は賛成ですけど……」
冷静に状況を分析する男・ルイスと、焦りつつも諸々のツッコミどころに目がついてしまう女・プリマリア。精神性は真逆ではあったが一応逃げるという意見は一致した。しかしそんな簡単に逃げれるほど、お話は甘くない。
おにぎりウルフを全て突き飛ばし終えたおにぎりボアは、すぐさま二人が隠れていた巨大おにぎりの方へと方向転換し……そして猛スピードで突進してきたのだ!
「る、ルイス様! なんちゃらボアがこっちに向かってきま……」
「<<第二おにぎり体術:縮地>>!」
「がふっ!?」
ルイスはプリマリアの口へ持っていたおにぎりを投げつけた後、彼女を抱きかかえる。
そして向かってくるおにぎりボアに対して真横の方向へと二人は飛んだ。飛んだ距離はとても長く、まるで一瞬で二人がテレポートしたかのようであった。
次の瞬間、二人が先ほどまで隠れていた巨大おにぎりはおにぎりボアの突進でバラバラの小さなおにぎりになってしまった。どういう原理だ。
自身の真後ろで起こった悲惨なおにぎり崩壊をちらりと見つつ、ルイスは抱えていたプリマリアに声をかける。
「大丈夫か? プリマリア」
「ふがふが、ふがふが」(な、なんですか今のは。私、なんでおにぎり食べさせられてるんですか?)
「おにぎり縮地を使った。これは自らの自重を利用して地面の距離を縮める歩法で、こうやって使う事である程度の距離を瞬時に移動する事ができるんだ」
「ふがふが……ふがふが」(それはすごいですけど、おにぎり食べさせる意味ありませんでしたよね……? 私、ホントなんでおにぎり食べさせられてるんですか?)
プリマリアはおにぎりを口に入れられて喋りづらそうだが問題はなさそうだった。しかし、まだ油断はできない。ルイスの後ろではおにぎりボアがまだ興奮状態で咆哮している。
「このままおにぎり縮地で逃げよう、プリマリア。使用のたびに、お前の口におにぎりを投げつける必要があるが……耐えてくれるよな?」
「ふがふがふがふが」(絶対嫌です。そんなことされたら口の中がパンクします)
「む、それはそうだな。プリマリアの言う通り、このまま逃げるとおにぎりボアが都市に近づいてしまう。ならここで倒した方が賢明か……」
「ふがふがふが……」(んなこと言ったつもりないです。何言ってるか分からないんだったら分からないってはっきり言ってくださいよ……)
ルイスは抱きかかえていたプリマリアを地面に下ろし、おにぎりボアへと向き直る。
「プリマリア、ここでじっとしていてくれ。俺がおにぎりボアを倒す」
「ぺっ、ぺっ……。ルイス様、一体何をする気ですか……?」
プリマリアはおにぎりをなんとか吐き出し、おにぎりボアを見つめるルイスに問いかけた。
「こうやるんだよ。……出でよ、おにぎりスピアー!」
ルイスはその問いに答えるように、何かを呼ぶ。するとルイスの手元が輝き、槍のような物体が現れた。
その柄は米でできている。石突はおにぎりで、刃にはおにぎりがぶっ刺さっていた。至る所におにぎりの装飾が施された、くそダサいし実用性も無さそうな槍だと一目で分かる。
「なんですかそのトンチンカンな槍は。ふざけてるんですか」
「おにぎり宝具の一つ、おにぎりスピアーだ。千年前の旅路でもおにぎり四天王を倒した時に使った槍だ。プリマリアも覚えているだろう?」
「そんな馬鹿げた過去があったなら召喚された際に惚れた素振りしとらんわ」
「とにかくこの槍であのデカブツに、おにぎりを食べさせて撃退するから期待して待っててくれ。……<<おにぎり縮地>>!」
「おにぎりを食べさせてどうやって撃退させる気ですか。窒息でもさせるのか」
プリマリアのツッコミを聞き終わらないうちに、ルイスは再び縮地を使いおにぎりボアの元へと近づいていく。
「ONIGIRIIIIIIIIIIII!!!」
それに気づいたおにぎりボア。怒ったような様子で、瞬間移動のような動作を繰り返すルイスに向かって走り出す。
そしてルイスとボアの距離は一気に縮まり、ついに激突しようとなった瞬間。
「<<第三おにぎりジャンプ:ジャンプ>>!」
ルイスはボアの目の前で、空高く飛び上がった。驚異的な身体能力でジャンプしたのだ。ボアは驚いてその場で急停止し、プリマリアは「ジャンプするだけなら声に出さなくてもいいのでは?」とツッコミを入れた。
ボアは慌ててルイスを追いかけるように空を見上げた。すると、逆光を浴びたルイスが空から急速に落ちてくるのが見えた。その右手には槍を、左手にはおにぎりを構えている。
「油断したな! おにぎりを食らえぇぇぇぇぇっ!」
ルイスは叫びと同時に、左手のおにぎりをおにぎりボアの口へ放り投げた。驚きのあまりぽかんと開けていたボアの口におにぎりが見事な軌道でホール・イン・ワン。
「U、UMAIIIIIIIIIIIIIIIIIII!? KONNNA UMAI ONIGIRI WA HAJIMETE DAAAAAAAAAAA!?」
「読みづらいけど完全に言葉喋ってない? あのボア」
プリマリアのツッコミが飛ぶ中、おにぎりを口に入れられたボアはその場にしばらく転げまわり始める。足をばたつかせ、胴体を波打たせ暴れたのだが、次第にその動きは大人しくなり、動きは完全に止まった。
やがてルイスはおにぎりスピアーを持ちながら、ボアの横でキレイに着地する。そしてふぅ、と息を整えてしゃがみ込んでいたプリマリアの元に近づいた。
「思ったよりは楽に倒せたぞ、プリマリア」
「槍使えよ。結局おにぎり投げて倒しちゃってるじゃん。というかなんでおにぎりでボアが倒れたんですか。猛毒でも仕込んでたんですか?」
「いや、あれはおにぎりが美味しさを利用して倒す『美味死』を利用した。美味しいおにぎりを食べさせて興奮で倒すスタンダードな討伐手法だ」
「おにぎりに何を添加したらそんなやばい死に方するはめになるんですか……。おにぎりに大興奮して死ぬシチュエーションなんか無いでしょ……」
訳の分からない倒し方とは言え、おにぎりボアは倒された。草原には静寂が戻り、周囲には倒れたボアと吹き飛ばされたウルフ、そして大量のおにぎりが転がっていた。
「とにかく、何とかここでおにぎりボアを倒せてよかった。おにぎりボアはおにぎりのみを食い荒らす、たちの悪い魔物だからな。都市の方に向かわれたらおにぎりは食い荒らされただろう」
「ここら辺の魔物、おにぎりしか食い荒らさんのか……?」
ルイスは周囲を見渡し安心した表情を浮かべた。そしておもむろにおにぎりを取り出す。
「よし。品質が悪くなる前におにぎりボアとおにぎりウルフを解体しよう。依頼にはなかったが、素材はある程度の値段で売る事はできるだろう」
ルイスは手にしたおにぎりをナイフ代わりにしてボアとウルフの解体を始める。てきぱきとした迷いのない動作は、ルイスが解体に慣れている事を感じさせる。
「さらっとやってますけど、おにぎりをナイフ代わりにしないでください。なんでおにぎりで解体できるんですか」
「便利そうだろう? 他にもおにぎりの缶を切るときや、おにぎりの栓を抜くとき、おにぎりのねじを外したり、おにぎりの方角を確認したり、おにぎりを照らしたい時にも役立つぞ」
「十徳ナイフじゃないんですからそんな機能ないでしょ。というか使用対象おにぎりオンリーなの?」
慣れた手つきでおにぎりを作業に使うルイスの姿は、プリマリアの目には異常な物として映った。
***
……少し日が傾きだした頃。ルイスはボアとウルフを解体し終わった。地面には、綺麗に解体されたおにぎりが二十個ほど並べられた。
「よし。おにぎりを解体できたぞ。二十個分とはなかなかいい収穫だな」
「ずっと見てたのにいつの間にか解体されたウルフとボアがおにぎりになってるー!? どんなマジック使ったんだよー!?」
――プリマリアがこの世界の異様な現象に慣れる日は来るだろうか。こんな馬鹿現象慣れた方が異常かも知れないが。
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