二話 おにぎり都市

「ルイスさん、あなたはすごい! こんなおにぎりを作れるだなんて、もしや神の使いでは!?」


 ウルマーはルイスの手を握り、興奮した様子でまくし立てる。プリマリアが思わず「おにぎりで神の使い認定とかめっちゃ緩いな」と評してしまうほどだ。


「大したことじゃない。簡単なおにぎり術を使っただけだ」

「いえいえ、簡単なもんですか! この技術はS級おにぎり士……いえ、SS級おにぎり士に匹敵するかもしれませんよ!」

「おにぎり士? なんだそれは」


 ルイスは知らない単語を聞き、ウルマーに尋ねる。


「おや、ご存じないのですか。おにぎり士とはおにぎりを極めるために生きる職業の事です。おにぎりと共に生き、おにぎりと共に歩む……皆が羨む存在です。中でも奇跡のおにぎりを作ることができるおにぎり士はSS級おにぎり士と呼ばれ、世界中の憧れとされるんですよ! すごいでしょう!?」

「……ようするにすごい有名なおにぎり屋さんってことですよね」


 ウルマーは熱く説明をしたが、プリマリアはすぐさま一言で片してしまう。


「あ、もしかしてあなたはSS級おにぎり士を目指すために旅をしているのですか!? だったら我々ウルマー商会に支援させてください! 我々が人生をかけて、あなたを一流のおにぎり士にして見せます!」


 次第にウルマーの話題はおにぎり士としてのルイスの技術を買う事にシフトしていく。しかしルイスはあまり良い表情をしない。


「いや。俺はそんな有名なおにぎり士には興味はない。俺には俺なりの道筋ってものがある」

「そうですね。ルイス様はおにぎり屋さんに収まる器じゃないですから……」

「おにぎり士になるなら、小さな仕事から始めるさ。目立つおにぎり士よりも、皆の役に立つおにぎり士になりたいな」

「……あれ、結構なる気満々!?」


 ルイスは目立つことが嫌いだったようだ。プリマリアは否定のフォローを入れようとしたが、意外にもおにぎり士に興味ありげなルイスに驚く。


「そうですか。ですが気が変わったらまたウルマー商会にご連絡ください。いつでも支援いたしますよ」

「ありがとう、ウルマーさん」


 ウルマーは一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に持ち直してルイスと改めて握手する。こうして馬車の中での一悶着は、いったんのケリが付いたのだった。

 そしてプリマリアは「この人、ルイス様のおにぎり推しすぎて怖いな……できるだけ近寄らんとこ」と考え始めるようになった。


***


 馬車に揺られ数刻ほど経っただろうか。ルイスたちの乗る馬車からは、おにぎりの壁が見えるようになった。おにぎり模様おにぎり色だとかそういうレベルではない。おにぎりの壁なのだ。


「なんですか、あの得体の知れない壁は……」

「あの壁の先が、ライスキー王国の都市カオッカです。主に飲食業が盛んなことで有名な都市ですね」


 プリマリアがあまりに異様な光景に恐怖を抱いているとウルマーが都市の説明を始めた。ルイスはそれを聞きながら、考え込むように小さく声を出す。


「ライスキー王国……聞いた事が無い国だ。どうやら千年の間に新しくできた国のようだな」


 ライスキー王国もカオッカも、ルイスの記憶にはない地名であった。なのでルイスは、ライスキー王国は時間が経過した間に建国された国なのだと考える。


「お二人はこの国の身分証明証はお持ちですかな?」


 ウルマーがルイスたちに訪ねる。


「いや、この国で身分証明の何かを取得したことはないな」

「では都市に着いたら、ギルドに登録して身分証明を発行してもらうことをおすすめしますよ。身分証明を持っていない旅人は都市に入る際通行料のおにぎりが必要なのですが……今回は私が代わりにお支払いしましょう。さきほどのおにぎりのお礼です」

「そうか。何から何までありがたい」

「待って。通行料の『おにぎり』ってなんですか。おにぎりで払うんですか」


 ルイスが身分証明証を持ってないことを説明すると、ウルマーは親切に説明をしてくれた上、通行料を払ってくれることになった。ルイスにとってはこの上なくありがたい話だ。途中怪しい言い方があったためプリマリアが待ったをかけたが、ウルマーとルイスは聞いちゃいなかった。


 そして二人は商団の馬車達と一緒に入る形で、都市カオッカに入る事ができた。




 都市に入ると、白いおにぎりのような形の建物が立ち並んでいた。機能性とか美しさとかは感じられない。ただただおにぎりが立ち並んでいるだけの光景だった。


「都市内の建物も壊滅的にひっどいな……」


 プリマリアは温厚な精霊姫とは思えないほど歪んだ表情で今の本音を言った。一方、ルイスはウルマーと穏やかな雰囲気で会話している。


「なるほど、美しい景観だな。大きな規模の都市としてはなかなか整備が行き届いている」

「そうでしょう、そうでしょう。この完璧なデザインこそ、市民の誇りなのですよ」


 これのどこが完璧なデザインなんだろう、とプリマリアは思った。しかしあまりウルマーと関わりたくないので口にはしなかった。


「……ではここでお別れですね。ギルドはこの通りをしばらくまっすぐ行けば、左手に見えると思います。大きな看板ですからすぐわかりますよ」


 ルイスは都市に入ったら馬車を降りてギルドへと向かうと決めていた。なので道の途中でウルマーとは別れることとなった。


「ありがとうウルマーさん。おかげで助かったよ」

「……いちおう、ありがとうございます」

「いえいえ、また困ったことがありましたらいつでもウルマー商会へご相談ください。おにぎりやおにぎりやおにぎりなども売っておりますので、お二人には格安で提供いたしますよ。それではまたお会いしましょう」

「おにぎり以外のレパートリーないのかあんたの商会は」


 最後の最後までプリマリアのツッコミが入ったが、別れの挨拶を済ませるとウルマーを乗せた馬車は別方向を進んでいく。ルイスとプリマリアは、それをしばし見送った。

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