二十七話 おにぎりピード

「あ、ルイスさんー、プリマリアさんー! 帰ってきてくれたんですねー!」

「あぁ、今帰った」


 ルイスとプリマリアはゴブリン達と一悶着……というかかなりの悶着があったものの、無事ギルドへと帰りついた。受付嬢のジョーナが嬉しそうな表情で迎え入れてくれた。


「それにしてもルイスさんプリマリアさん、なんですかその紐はー? まるでペットみたいですねー」


 ルイスの胴体には、何やら紐のような物が括りつけられていた。その紐はまるでリードのようになっており、その端っこはプリマリアがしっかりと握っている。


「迷子紐付けておかないとルイス様が変な場所に行って変な事やらかすので、キングゴブリンさんと協力して付けさせてもらいました」

「そうですかー。おしゃれですねー」

「別におしゃれではないかと……」


 それは迷子紐であった。ルイスに目を離したらまずい、と気づいたプリマリアとキングゴブリンはあの後洞窟の奥にあった迷子紐をルイスの胴体に括りつけ、しっかり手綱を握れるようにしたのだ。ちなみに迷子紐はゴブリンの子供用に作られたものだったのでだいぶキツキツだ。


「で、ゴブリン達に人間を襲わないように対策してきましたかー?」

「あぁ。食材を全部おにぎりに変えてきた。これでゴブリン達がおにぎりに飢える事はなくなり、人を襲うことは無くなるだろう」

「それはよかったですー。おにぎりに飢えたら、魔族は大暴れしちゃいますもんねー」

「むしろ逆効果だったと思うんですが。普通の食材消されて人間へのヘイトが爆上がりしてましたよ。ついでに私のヘイトも溜まってます」


 ルイスはさも依頼が成功したかのように得意げに語る。ジョーナは明るい笑顔で反応してくれるが、逆にプリマリアは顔を歪めている。前回の通り、ルイスの行動はゴブリン達の殺意を高めただけだったので今後のゴブリンと人間との関係悪化は避けられないと思ったからだ。というか、プリマリアとルイスとの関係も悪化した。


「……と。のんびり話している場合じゃなかったんですー。ルイスさんプリマリアさん、一緒に会議室まで来てくれませんかー?」

「ん? 俺に用とは、何か緊急の依頼か?」


 笑顔を浮かべていたジョーナだったが、何かに思い出したようにルイスを会議室へ行くように促た。どうやら何か緊急事態が発生したようだ。


「そんなものですー。スタルード様が呼んでるので、とにかく会議室に行きましょうー」

「分かった。すぐ行く」


 ルイスはそう言うと、体に括りつけられた迷子紐をほどいてスタスタと会議室のある方へと歩いていった。


「紐外すなっ! 繋いだ意味無いでしょうがっ!」


 プリマリアはそう叫んで、ルイスの後を追った。




「……おにぎりに大切なのは、米だ! 米が無ければおにぎりは出来上がらない!」

「いいや、握り方が大事だ! 握り方一つでおにぎりは大きく形を変えてしまうだろう!」

「しかしだね、火加減という物がないとおにぎりは成り立たないわけで……」

「そうそう。それと水もちゃんと用意しなければいかんだろうな」

「おにぎり」


 会議室の扉を開けると、おにぎりギルドのギルドマスターであるスタルードを初め、多くの初老の男達がおにぎりに関する論議を繰り広げていた。身なりはほとんどおにぎり柄の服を着ている者ばかりだが、その雰囲気からこの都市では高い地位なのだと分かる。


「……偉そうな人が集まっていますが、一体何の会議をしているんですか?」

「実は東のだいぶ離れた場所にあるシガフィーノ遺跡付近の魔物が活性化して、大量にこちらに向かってきていると報告があったんですー。なのでこの都市の上層部がそれの対策を会議しているんですー」

「嘘吐かないでください。完全におにぎりに大切な物は何か談義やってたでしょ」


 ジョーナは大量の魔物が襲来しているため都市のお偉方がここで会議しているのだと説明したが、プリマリアは話している内容と一致していないと指摘した。


「なるほど、おにぎりピードが発生したか。それは厄介だな」

「スタンピードっぽい造語作らないでください、ルイス様。魔物の活性化におにぎりは関係ないでしょ」

「いや、関係あるさ。スタンピードは様々な要因で魔物達などが暴走する事を指すが、おにぎりピードは魔物達がおにぎりの美味しさに驚いて暴走する事を指すんだ」

「そんなあまりにも限定的なシチュエーションある?」


 どうやら、東の遺跡周辺で魔物の暴走、スタンピード……もとい、おにぎりピードが発生したようだ。ルイスは納得したように頷くが、プリマリアはあまりに使いどころが限定的な気がする新ワードが飛んできたのでツッコミを入れた。


 少しすると、スタルードが部屋に入ってきたルイスの元へと近づいてくる。待ちわびたものが来た、とでも言いたげな顔だった。


「……おう、ルイス。やっと来たか、待っていたんだぞ」

「スタルード。俺を呼んだのはおにぎりピード対策のためか?」

「あぁ、話が早いな。早ければ明日、おにぎりピードで暴走した魔物達がこの都市の近くに来てしまう。だからお前を含めておにぎり士たちに都市防衛を最重要任務として命じるつもりだ」

「それは重大だな。おにぎり士が全力で都市を守らなければ、壊滅してしまうだろう」

「そういう都市防衛は冒険者や衛兵に任せた方が良いと思いますけど……。おにぎり作る人達に都市を直接守る能力あるんですかね?」


 スタルードはおにぎりピードの事をルイスに教えた。どうやら明日、この都市に魔物達が来るのでおにぎり士達に都市を防衛させるらしい。プリマリアは何故冒険者や衛兵ではなくおにぎりを作る人にそんな仕事をさせるんだろう、と疑問を抱いた。


「だが今回のおにぎりピードはちょっと異常な規模で、対策がまとまらないんだ。だからおにぎり士としてランクの高いルイスにも何かいい案が無いか聞きたいと思って呼んだんだ」

「なるほど。だがそういう相談なら俺よりもっと高ランクの奴がいるんじゃないか?」

「確かにランクだけなら他に高い奴もいるが……だが、俺はお前のおにぎりに対する情熱がこの危険な状況を変えてくれると思ってるんだ」

「そうか。それなら協力する他ないな」


 スタルードがルイスを呼んだのは、やってくる魔物を食い止める対策を聞くためだったようだ。他にもおにぎり士としてのランクが高い者もいるようだが、スタルードはルイスの情熱を買って彼を呼んだのだと言う。ルイスはその言葉を聞いて、すぐに了承した。


「そういう訳で皆さん。我がギルドメンバーのルイスを今回のおにぎりピード事案の相談役として参加させようと思うのですが、よろしいですね?」


 スタルードが丁寧な口調で、お偉方と思われる男達に会議にルイスを参加させるよう求めた。だが、その反応は不評が多かった。


「おいおい、スタルードよ。いきなり若造を参加させるなど聞いてないぞ」

「そんな子供におにぎりの全てが分かるはずがない」

「おにぎり」

「参加させるなら横にいる緑髪の女の方が良いのではないか? そっちの方がおにぎりみたいにふっくらしてておいしそうだぞ」

「なんか流れ弾的に私に対するセクハラ表現……セクハラ表現だよねこれ? とにかくそういう言葉ぶつけるの、やめてもらいます?」


 やれ若造だの、子供だの、おにぎりだの、緑髪の女がふっくらしてておいしそうだの、得体の知れない新人おにぎり士に対する警戒感が強かったようだ。さりげなくプリマリアに対するセクハラのようなセクハラじゃないようなとりあえずセクハラ表現って事にしたい表現が出てきたので、プリマリアはそれをやめるようにと言葉を放った。


 だが、そんな冷めた空気を変えるような言葉がやってくる。


「いえいえ、ルイスさんは素晴らしいおにぎり力の持ち主ですよ。私も保証しましょう!」


 そう発言したのは見覚えのある小太りの商人顔。以前にルイスとプリマリアをこの都市カオッカまで連れてきてくれた、ウルマーであった。


「おっと、ウルマーさんも参加していたのか」

「えぇ、私もこの都市で商売する者として全力でここを守るつもりですから。おにぎりピードの規模が大きくて少し不安でしたが、ルイスさんが協力してくれるなら安心だ」


 ウルマーがルイスに対し穏やかにそう話しかけると、批判的だった周囲の空気が一変する。


「ウルマー氏がそこまで推すなら、強い冒険者に違いない。私は参加に賛成だ」

「仕方ない。しかし役に立たなかったらすぐつまみ出すんだぞ」

「おにぎり」


 どうやらウルマーのこの場における影響力はすさまじいらしく、ものの見事にルイスの参加が許可された。ところでさっきから「おにぎり」とだけ言ってる奴いるけど、なんなのこいつ。


「よしジョーナ、ルイスに今まで用意した資料を見せてくれ! ここまでに報告された情報を見せれば何か対策が見えてくるかもしれない」

「はいー! 分かりましたー」


 そして周囲の許可が取れたと同時に、スタルードはジョーナに資料を持ってくるように命じる。それを聞いたジョーナはニコニコ顔で資料を取りに行った。

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