九話 おにぎり宿屋

「木漏れ日の宿のおにぎりが爆発して火事になったぞー! みんな逃げろー!」


 ……。


「宿場ネムールのおにぎりが爆発して火事になったぞー! みんな逃げろー!」


 ……。


「カオッカ・キング・ホテルのおにぎりが爆発して火事になったぞー! みんな逃げろー!」


 ……。


***


 ここまでのあらすじ。

 見事苦難を乗り越えギルドメンバーカードを手に入れたルイス達。しかしルイス達には新たな試練として「行った宿が次から次へと爆発する」と言う災難が降りかかったのであった……!




「この街のっ! 宿屋はっ! おにぎり作って爆発する呪いでもかかってんのかぁ~っ!?」


 十五軒ほど宿を巡った後のプリマリアの叫びである。さすがにここまでとんちんかんな状況になると、疲れていてもツッコミしたくなってしまうようだ。


「まぁ、おちつけプリマリア。おにぎりの爆発なんか気にしなくていい。旅の中でそんな小さな事をいちいち気にしていたら、身が持たなくなるぞ。もっとおおらかに生きろ。そうすればもっと生きるのが楽しくなるはずだ」

「一度使った格言めいた言葉を使いまわさないでくださいっ! こんな状況をおおらかにとらえてる方が身が持たないですってば!」


 一方のルイスは、割とのほほんとしているようだ。足つきもそれほど重くない。


「だが安心しろ、プリマリア。次の宿は大丈夫だ。なんせそこは新築の丈夫な宿らしいからな。築三日と歴史は浅いが、一回しか爆発していない良い宿らしい」

「たった三日で一回爆発発生してたらアウトじゃないですか!? 私、もうこの街に泊まるの嫌です! 森で野宿します!」

「駄目だ。可憐な精霊姫が夜盗や動物に襲われて傷ついたら俺が悲しい。ちゃんと宿に泊まろう」

「やめろーっ! 引っ張るなーっ! 爆発に巻き込まれた方が危ないって理解しろーっ!」


 ルイスは次に行く宿屋の説明をすると、はぐれないようにプリマリアの腕をしっかり握りながら道を進んでいく。プリマリアはルイスの言葉に危機感を覚えたため街から逃げようと試みるも、ルイスの掴んだ手があまりにも力強かったので逃げることができず引っ張られてしまう。宿に着くまでプリマリアは心の底からわめき泣いた。


***


 二人は「宿屋 おにぎり」と看板が掲げられた建物へとやってきた。その建物は、白を基調にした正三角形のフォルムの建物だった。……言い換えれば、おにぎりだった。


「ずっと前から思ってましたが、この街おにぎりに固執しすぎですよね……。というか、なんで食べ物の方は黒いゴミばっかなのにこっちはまともおにぎりの形状なんですか……?」

「なるほど。おにぎりッサンス建築を応用し、おにぎりを素材にした建物のようだな。これなら耐震性にも耐火性にも優れているから安全に過ごせるな。これなら安心だろう、プリマリア?」

「おにぎりを素材に建物が作られてたまるかっ! そんな素材の建物が耐震性や耐火性に優れてたまるかっ! あと、ルネッサンス建築みたいな言い方で新単語を生み出さないでくださいよ!」


 宿屋を見て、二人はそれぞれ真逆の反応を見せる。ルイスは建築技法に感心したらしく、おおむね好印象を抱いているようだ。一方プリマリアはおにぎりに固執しすぎたデザインになんだか恐怖を覚えたようだ。更にルイスの評価が意味不明だったため、不安感がもっと煽られた。


「じゃあさっさと泊まろう。爆発騒ぎで日も暮れたから、プリマリアも疲れているだろう?」

「あ、ちょ! 私、泊まるって決めてないです……!」


 プリマリアの意見も聞かないまま、ルイスは海苔の香りがする扉を開けて宿へと入る。




「みゃっ! お客さんかみゃっ!? いらっしゃいませだみゃ~!」


 受付には、背が低めの可愛らしい女の子がちょこんと座っていた。にこにことした表情が印象に残るが、さらに注目するべきは頭部の上にある真っ白な三角形の二つの物体だ。


「頭部に耳があるという事は……君は亜人か。この街では初めて見るな」

「はいみゃっ! みゃーの名前はミオっていうみゃ! この宿屋で働いているみゃ~♪」


 亜人とは人間と友好的な関係を持つ人型の種族の総称である。ルイスは少女の姿を一目見て、すぐに彼女が別種族であると見抜いた。

 そしてミオと名乗ったその少女は、頭部上方にある真っ白な三角の耳をぴょこぴょことさせた。どうやら喜んでいるようだ。


「亜人……。この子は獣人と言う種族ですね。私もよく存じています」


 プリマリアも亜人については知っていたため、ミオが獣人と言う種族なのだと理解した。……のだが、ルイスが首を横に振る。


「いや、違う。よく見てみろプリマリア。彼女の頭の上の耳には毛は生えていないだろう?」

「あれ、本当ですね? もしかして違う種族なんですか?」

「たぶん彼女はおにぎりの血が混じった種族……おにぎり人だ」

「……おにぎりの血が混じったおにぎり人っ!?」


 プリマリアはルイスの発言に耳を疑い、改めてミオをまじまじと見た。すると、彼女の頭部上方に生えているぴょこぴょこ動く耳が俗にいう猫耳でないことに気づいた。

 それは三角形で、白い粒粒の寄せ集めで、ほかほかと湯気が出ていた。……もう読者の皆様もお分かりだろう。彼女の頭部に生えてたのはおにぎりであった。


「おにぎりの血が混じったおにぎり人は頭部からおにぎり耳が生えているのが特徴だ。プリマリアもよく覚えておくといい」

「い、今までで最大級のツッコミどころなんですけどー!? どうやったら生命の螺旋におにぎりが混じるのー!? 何の理屈で頭からおにぎりが生えるのー!?」

「生命の奇跡って奴みゃ! すばらしい事だみゃ!」

「奇跡にもほどがあるでしょう、ミオさん!?」


 とても頭がおかしい事実を知ったプリマリアは、大きく叫んでツッコんだ。生命体のDNAにおにぎりの血が混じると言うトンデモ世界観に対し、プリマリアはツッコまずにはいられなかった。ミオは生命の奇跡だと片付けているが、プリマリアには奇跡を通り越して恐怖しか感じなかった。


「……そもそもミオさん、あなた語尾が「みゃ」なのはどうしてなんですか! それじゃあ初見で猫獣人と間違えちゃいますよ!」


 そしてプリマリアはミオの語尾に対しても疑問を呈した。どう考えても猫獣人っぽい語尾を付けてる理由を、本人に問いただしたいようだ。


 が、ミオは首をかしげている。


「みゃ……? みゃーは「みゃ」なんて一言も言ってないみゃ」

「は……?」


 ミオは「みゃ」なんて言っていないと主張した。プリマリアもぽかんとした顔で首をかしげる。どういう事? 今までさんざん「みゃ」って言ってたじゃないの。そんな思考がプリマリアの脳内を駆け巡っている。


「プリマリア。彼女の声をもう一度よく聞いてみろ。彼女は「みゃ」だなんて一言も言っていない」

「彼女の声を……?」


 ルイスにそう言われ、プリマリアはミオの声にそっと耳を澄ます。すると……。



「はいみゃっ! みゃーの名前はミオっていうみゃ! この宿屋で働いているみゃ~♪」


「はいみ     や        っ! み     や        ーの名前はみ       お       っていうみ     や        ! この宿屋で働いているみ     や        ~♪」


「はいみ (そ) や (きおにぎり)っ! み (そ) や (きおにぎり)ーの名前はみ (そやき) お (にぎり) っていうみ (そ) や (きおにぎり)! この宿屋で働いているみ (そ) や (きおにぎり)~♪」


「はいみ そ や きおにぎりっ! み そ や きおにぎりーの名前はみ そやき お にぎり っていうみ そ や きおにぎり! この宿屋で働いているみ そ や きおにぎり~♪」


「はい味噌焼きおにぎりっ! 味噌焼きおにぎりーの名前は味噌焼きおにぎりっていう味噌焼きおにぎり! この宿屋で働いている味噌焼きおにぎり~♪」



「そういう訳だ、プリマリア。彼女は「みゃ」じゃなくて「味噌焼きおにぎり」と言ってたんだ。どうやらプリマリアには「み」と「や」以外上手く聞き取れなかったみたいだな」

「それは! さすがに! 無理が! あるだろおおおおおおおおおっ!?!?!?」


 猫みたいで可愛らしいと思っていた語尾は実は「味噌焼きおにぎり」だった。プリマリアが声を荒げてしまうほど無理がある展開だ。


「「みゃ」と「味噌焼きおにぎり」を聞き間違いするってのはおかしいでしょ!? あと「味噌焼きおにぎり」を語尾にする事自体おかしいでしょ!? それにさりげなく名前も「味噌焼きおにぎり」に変わってるのもおかしいでしょ!? ああ、もう、何もかもおかしいっ!」

「味噌焼きおにぎり~? お姉ちゃん、何荒ぶってるんだ味噌焼きおにぎり? 元気出して味噌焼きおにぎり。味噌焼きおにぎりが味噌焼きおにぎりしてあげるで味噌焼きおにぎりー!」

「語尾が味噌焼きおにぎりになったせいで可愛さが無くなっちゃったじゃんっ! もう変な語尾の人って印象しか湧かないってのー!」


 プリマリアはミオ……もとい味噌焼きおにぎりちゃんへのツッコミを叫びまくる。それを見たミオもとい味噌焼きおにぎりちゃんはストレスを溜めている様子のプリマリアを慰めようとした。しかし味噌焼きおにぎりちゃんの放つ前例のない語尾によって印象が逆転したため、プリマリアのツッコミ交感神経は更に刺激されてしまうのであった。




「……それで味噌焼きおにぎりちゃん。俺たちはこの宿にしばらく泊まりたいんだが空き部屋はあるか?」

「あるにはあるで味噌焼きおにぎり。でも、二人部屋が一か所空いてるだけだから、他の部屋は選べないで味噌焼きおにぎり」


 ルイスの宿泊希望に対し、味噌焼きおにぎりちゃんはおかしな語尾のまま対応した。どうやら空いてる部屋は限られているようだ。


「俺は二人部屋でも構わないが……。プリマリアはどうだ?」

「……もうツッコミ疲れたので、どこでもいいって感想です」

「決まりだな。じゃあとりあえずその二人部屋に一週間宿泊で頼む」

「かしこまりまし味噌焼きおにぎり~♪」


 そしてルイスとげっそりとしたプリマリアは、味噌焼きおにぎりちゃんに連れられて宿泊する部屋へと案内された。

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