八話 おにぎりークション

「ドラゴンから採取したおにぎりー!? ル、ルイスさんー! これがドラゴンから採取したおにぎりって、本当ですかー!?」


 プリマリアのツッコミに少し遅れて、ジョーナが受付の机にポンと置かれたおにぎりを見て大声で叫ぶ。その声につられ、周囲の人々がルイス達のいる新規登録窓口へと顔を向け始める。


「あぁ。俺が昔倒した奴から採取したものだ。鑑定すれば、すぐにドラゴンの体から採れたおにぎりだとわかるだろう」


 驚くジョーナに対し、ルイスは腕を組んで自信満々に本物だと豪語した。


「いやいやいや、ドラゴンのどの部分からこんなキレイなおにぎりが採取できるの!? そもそも、どう鑑定すればドラゴンから採れたおにぎりだって分かるの!?」

「このきれいな艶めきこそ、ドラゴンから採れる素材の特徴だ。この艶めきを見ただけでおにぎり鑑定士なら即座にわかるだろう」

「普通のおにぎりと違うように見えないっ! それにおにぎり鑑定士ってなんですか!? そんな仕事して生計立てれる人がいるって言うんですか!?」


 プリマリアは自信満々のルイスに対し事態のおかしさに叫び散らしている。先ほど一瞬だけ尊敬していたのが嘘のようだ。

 一方ジョーナは、机に置かれたおにぎりを見つめて悩みこんでいる。

 

「うーん。ルイスさんがそこまで自信満々ならきっと本物なのでしょうが……これを今すぐ買い取るのは難しいですねー……」

「何故だ? 俺はこれを普通に売りたいだけなのだが」

「普通に売るのが無理なんですよー。ドラゴンのおにぎりって希少ですから大変高値なので、その金銭をギルドが今すぐ渡すのが難しいんですー。公正な取引価格で支払ったらギルドの経営が傾くでしょうねー」

「なるほど……。確かにドラゴンのおにぎりは武器や防具の素材にも使われるから需要は高いかもしれないな」


 ジョーナによるとドラゴンのおにぎりは貴重なため、ギルドですぐ払えないほど高価になるのだそうだ。ルイスもドラゴンのおにぎりの需要の高さは知っていたため納得した様子であった。

「なんでおにぎりが武器や防具の素材になるんですか」とプリマリアはツッコむが、二人とも聞いていない。


「ルイスさん。提案なのですがこのおにぎりをギルド経由で、王都のおにぎりークションに出品しませんかー? そうすれば手数料がかかるものの相場相当、もしくはそれ以上の収入が得られるかもしれませんよー」

「おにぎりークションか、良い案だ。運が良ければどっかの商会にそのまま売り渡すより実入りはいいかもしれないな」

「い、いやいやいや。なんですかおにぎりークションって!? 知らないんですけど!」


 ジョーナは、ルイスに対しある提案をした。「おにぎりークション」への出品である。ルイスはその言葉を聞き納得したような態度を示す。が、プリマリアはおにぎりークションが何なのか全く知らないため困惑した。


「ふふふー。おにぎりークションは王都で月一開催される、おにぎりのオークションですー。略しておにぎりークションと呼ばれておりますー」

「略し方が独特……!」

「このおにぎりークションでは毎回世界中の貴族たちがおにぎりを求めてやってくる、由緒正しきオークションなんですよー」

「もっと求める物あるでしょ貴族!? なんでおにぎり求めてやってくるの!?」

「そのおにぎりークションに出る高級なおにぎりは、他にはない絶品ばかりなんですー。毎回人気で、飛び交う金銭は国家予算相当とも言われているほどですー」

「もっと予算使う場所あるでしょ貴族!? なんでおにぎりの値段をそんな釣りあげるの!?」

「ちなみに前回の最高額おにぎりは『そこそこまずいおにぎり』でしたねー。これを求めて、多くの貴族たちが値段を極限まで釣り上げたんだとかー……」

「もっといい品買うべきでしょ貴族ー!? そこそこまずいおにぎりにそんなことしてんじゃねーよっ!?」


 ジョーナの親切な説明を聞く限り、おにぎりークションとはおにぎりのオークションのようだ。ただしあまりにも規模やら内容やらがトンチキであったので、説明を受けたプリマリアの声帯はツッコミのメロディーを鳴らし続けた。


「由緒正しきおにぎりークションなら安心だな。じゃあ十体分のドラゴンの全身素材をギルドに預けるから、全部おにぎりークションで売ってくれ」


  ルイスは納得した表情で頷き、道具袋を漁り始める。


「じゅ、十体分の全身素材ですってー? ルイスさん、それが本当ならギルド始まって以来の大事件なんですがー……」

「別に大したことじゃない。じゃあ出すぞ」


 唖然とした表情のジョーナの言葉を軽く受け流し、ルイスは道具袋から普通っぽいおにぎりを次々にそれを机に一つずつ並べる。そして五十個取り出したところで手を止めた。


「これが俺が採取した十体のドラゴンの素材だ。全身あますとこなく奇麗に採取したからそこそこ価値は高いと思う」

「ストップ、ストップ! ルイス様、最強種族と謳われる巨大なドラゴンの十体分の全身素材がおにぎり五十個だけってのはだいぶおかしいですって! それだとドラゴンがおにぎり五個分程度しかないお米の化け物って事になっちゃいますよ!?」

「何言ってるんだプリマリア。おにぎり五個分のサイズ感を甘く見るんじゃない。俺もドラゴンに初めて会った時は、あのおにぎり五個分のサイズの図体に押しつぶされそうになったんだぞ」

「ルイス様のおにぎり五個分の縮尺、だいぶ狂ってないですか!? そもそも、そんな大量なおにぎりを道具袋に直接入れてるのもおかしいですって! 運んでる間に腐っちゃいますよね!?」

「大丈夫。この道具袋はマジックバッグと言って、空間おにぎり魔法を使っておにぎりの時間だけを止めているんだ。それにおにぎりならほぼ無限に収納できるからおかしい点はないだろう」

「おにぎりに限定しすぎでしょう! 魔法アイテムなら、もっと自由度持たせてくださいよ!?」

「大丈夫。炊き立ての米も入るぞ」

「ほとんど握るか握らないかの違いしかないじゃないのーっ!」


 十体分のドラゴン素材……もとい、おにぎりを売ろうとするルイス。その姿を見てプリマリアが疑問を抱かないはずがない。すぐにルイスとプリマリアのボケツッコミ劇場が始まった。ルイスがよく分からない事を言い、プリマリアがそれにツッコむ。美男子と美人の二人が織りなす漫才は、ある種の芸術品とも言えるかもしれない。プリマリアの表情はだいぶ歪んでいるが。


 一方ジョーナはこわばった表情で並べられたおにぎり達を見つめていた。そのうろたえた眼差しは、まるで大量の金銀財宝達を差し出されたかのようだ。眼差しの先はおにぎりだが。


「は、はい。確かにお預かりしましたー……。これは下手したら、おにぎりークションが荒れるかもしれませんが……ギルドが責任を持って王都へと売ってきますー……」


 ジョーナはいくつかの確認作業を行い、震える手でおにぎり達を受け取った。ジョーナはいったん落ち着こうと、呼吸を整える。


「それと、巨大キングサイクロプスXのスーパーレアおにぎり素材も十体分あるからそれも売らせてくれないか? こっちは今日の宿代にする分のお金も欲しいからおにぎりークションじゃなくてギルドで買い取って欲しい」

「ま、まだ高級おにぎりがあるんですかー!?」


 しかしルイスの手はまだ止まらない。更におにぎりを5個取り出し机の上に置く。あまりの高級素材の連続に、ジョーナはめまいのような感覚を覚える。


「たいそうな名前のモンスター十体分なのになんでおにぎり五個だけなの……。意味わかんない……」


 ちなみにプリマリアも、ツッコミのし過ぎでめまいのような感覚を覚えるのだった。



「おいおい、あんな子供があんな大量のハイレベルおにぎりを持ってくるなんて……。いったい何者なんだ……?」

「さっき、ガラワールをおにぎり護身術でのめしてたよなあいつ……まさか、手練れなのか?」

「どうやら多段おにぎり戦法とか言う得体の知れない技でギルドマスターを倒しちゃったらしいわよ。信じられないけど、もしかしたら本当にドラゴンを倒したのかも……」

「しかも隣にはおにぎりに似た嫁を連れてるじゃねぇか……。くそっ、俺もおにぎりと結婚してぇってのに世の中不公平だ!」


 そんなやり取りをしているうち、周囲にいたおにぎり士やギルド職員はざわざわとルイス達の事を噂し始める。強者の噂がギルド内で駆け巡る事はよくある事である。内容がおにぎり一辺倒と言うおかしな点はあるが。


***


「念願のおにぎり士になれたな。これからはおにぎり依頼をこなして頑張っていこう、プリマリア!」

「完全に喜んでる……。世界最強の勇者がいったいおにぎりギルドの何に惹かれたの……?」


 素材を売ってお金を受け取り終わった後、スキップしながら宿屋へ向かうルイス。どうやらおにぎりギルドに登録できたことがとても嬉しかったようだ。対してプリマリアの表情は暗い。明らかに千年前と様子が違う人間界とルイスに対してのツッコミをしすぎて、いい加減疲れてきたようだ。


「……それで。宿屋はこの方向で合ってるんですか? ルイス様、受付嬢のジョーナさんから地図を貰いましたけど道順覚えてますか?」

「もちろんだ。まずこの先におにぎりが道に敷き詰められた街路があるからそこをまっすぐ進む。そしておにぎりの看板を右、そしておにぎりの街灯を目印に左に進めば……」

「オブジェクトにもおにぎり要素が多いなこの都市!?」


 ルイスは地図を読みながらジョーナから教えてもらった道順を思い出す。しかしおにぎり要素の多い道だったので、プリマリアのツッコミが飛ぶ。


「まぁ進んでいけば、すぐに分かるだろう。行こうプリマリア」

「こんなヘンテコ都市、サッサとさよならしたい……」


 そしてルイスは軽やかな足つきで、プリマリアは重い足つきで宿屋「明日亭」へと向かうのだが……。


***


「明日亭のおにぎりが爆発して火事になったぞー! みんな逃げろー!」




 ……二人が見た光景は、明日亭と呼ばれる宿が燃え落ちる光景であった。




「……なるほど。ここは焼きおにぎりをメインで売ってるんだろうな。じゃあさっそく入ろうか」

「火事だから逃げろって言われたでしょ!? ルイス様の耳は節穴なんですか!?」


 プリマリアは、燃え盛る宿屋へと飛んで火にいる夏の虫の様に直進するルイスの首根っこを慌てて掴み、そのまま逃げだした。この宿は絶対駄目だ! と思いながら……。

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