二十四話 おにぎりVSキングゴブリン
「ああん、なんだぁ? なんで皆倒れてやがる?」
ルイス達がゴブリン達を気絶させて少し経つと、洞窟の中から何者かが現れる。その者は緑色の肌を持つゴブリンであったが、他のゴブリンよりも筋肉質で背が高く、アイスクリームの容器を抱えていた。
「おい、起きろお前ら。いったい何があった?」
「げぷ……。そ、そこの変な人間に急におにぎりを投げつけられたんでゴブゥ」
背の高いゴブリンは気絶していたゴブリン達を揺さぶり起こす。するとゴブリン達は目を覚まし、ルイスの方へと指さした。
「なるほど、てめぇらか。てめぇら人間が俺様の部下たちをこんなひどい目にあわせたって訳か。ぶっ殺される覚悟はできてるんだろうなぁ?」
「お前がゴブリン達の言っていたキングゴブリンか。ここいらのゴブリンをまとめる長だな」
その背の高いゴブリンは、ゴブリン達の長キングゴブリンであった。彼は自分の大切な部下が全員倒されていることに苛立ちを覚えたようで、怒りの表情を見せていた。
「ほう? てめぇらは先日来た爆弾食わせに来た無礼な人間より話は通じそうだな。何かちゃんとした理由があってここに来た、と言う目をしている」
だがそんな怒りの感情を維持したまま、キングゴブリンはにやりと笑みを浮かべる。ルイスの瞳から芯の強さを感じ取ったようだ。
「あぁ。俺達はなにもお前たちを滅ぼす気はない。ただ食文化を全ておにぎりにして欲しいと頼みにきただけだ」
「気のせいだった。こいつもめちゃくちゃ狂ってやがる」
「というかルイス様。目的はゴブリンが人を襲わないようにするって事でしたよね。頼むべきはそっちでしょうが」
残念ながらルイスはキングゴブリンが思った以上に芯がめちゃくちゃな男だった。キングゴブリンは失望の表情に変わり、プリマリアは目的を変えるなとルイスを注意した。
「そこの嬢ちゃんはいちおうまともそうだな……。俺様達に人間を襲うな、だと? 十中八九危険物食わせてきた人間側が悪いじゃねぇか」
「ええ、私も今回の件は十中十九人間側が悪いとは思います。なのでここは穏便に……」
キングゴブリンはルイスよりもプリマリアの方が話が通じそうだと思ったので、対話対象をプリマリアに変えた。プリマリアもキングゴブリンも「だいたいへんな食べ物押し付けて来た人間のせい」という意見が一致したため、穏便に対話が進みそうな雰囲気となる。
「なので貴様に二度と人間を襲わないよう、決闘を申し込む!」
「ルイス様、黙って。穏便に話付けたいんですからややこしくしないで」
が、ルイスが突然キングゴブリンに決闘を申し込んだ。対話を台無しにされたプリマリアは不快そうな表情でルイスを宥めた。
「……闘争心が勇ましいのは嫌いじゃないが、ここまでコケにされて何の対価もなしに俺様が決闘に応じる訳にはいかない。俺様が勝ったら人間達はどんな対価をくれるつもりなんだ?」
キングゴブリンは突拍子もない事を言う子供を見る目つきで、ルイスにそう話す。戦いを嫌っている様子はないが、ゴブリン達を気絶させられた手前何らかの利益を得る可能性がなければ決闘なんてするつもりはないらしい。
ルイスはそんなキングゴブリンの問いに、これしかないと言う笑みを浮かべながら相手が勝った際の対価を提案する。
「おにぎりをやる」
「いらない」
おにぎりだった。キングゴブリンは即答で拒否した。
「大丈夫。俺が作った爆発しない真っ白なおにぎりだ。五億個ほどやる」
「そんなにいらない」
「おまけにドラゴンを素材にしたおにぎりや精霊絹を素材にしたおにぎりもやるぞ。希少なうえ美味しいぞ?」
「希少価値や食料としての価値が明らかに怪しいからいらない。……おい嬢ちゃん、この坊主正気で喋ってるのか?」
「この人ここ最近こんな感じです。私もかなり苦しめられてます」
「なんか大変そうだな、あんたも」
とにかくおにぎりを推してくるルイスに、キングゴブリンは正気を疑ってプリマリアに尋ねた。プリマリアも苦労していると発言したためキングゴブリンは同情した。
「まぁ、お前ら人間は米の生産が盛ん……と言うかそればっか作ってるよな。俺様達ゴブリンもたま~に料理で米は使う。だからそれをタダで譲ってくれるのなら考えなくもない」
「分かった。おにぎりにして融通してやろう」
「米のままにしろ。おにぎりにせんでいい。素材の自由度を勝手に下げるな」
しかしキングゴブリンも人間の作る米は少し欲しいようで、決闘に勝ったらそれをタダで譲れとルイスに提案する。ルイスはそれを了承し、おにぎりにして融通すると約束した。キングゴブリンは慌てておにぎりにするなと条件を付け加えた。
「それと……そうだ。もし俺様が勝ったら、そこの嬢ちゃんを譲れ」
そしてもう一つ、キングゴブリンは条件を更に付け加えた。彼が指さしたのはプリマリア。どうやら彼女を欲しているようだ。
「わ、私ですか? 一体なぜ……。まさかあんな事やそんな事をする気ですか?」
「若い乙女がそんなはしたない事想像するんじゃねぇ。品位が下がっちまうだろ」
「あ、はい。そうですねごめんなさい」
プリマリアは割と破廉恥な想像をして恥ずかしそうな表情になり、自身の体を守るようなポーズを取った。が、キングゴブリンに品位が下がると言われたので破廉恥じゃない方向で恥ずかしそうな表情になってしまった。
「ゴブリンは今、色々な働き口を増やしている最中だ。だから一人でも信頼できる人員が欲しい。普通の人間やその坊主は採用したくないが、嬢ちゃんは採用したい」
「働くって……肉体労働とかですか?」
「いや。肉料理や野菜料理を中心に味見や料理研究を手伝ってくれる奴が欲しいな」
「今の私に理想的な職場だった。ゴブリン最高か」
キングゴブリンがプリマリアに要求したのは、料理に関する仕事であった。連続おにぎりで食に飢えているプリマリアにとっては願ってもない要求であった。
「くっ……卑怯な。プリマリアの善意に付け込んで、そんな条件を付け加えるなんて!」
「ゴブリンさん側はこっちに得が多い条件出してるんですけど。ルイス様、どこにそんな卑怯な要素見出したんです?」
にもかかわらずルイスはその新たな条件を卑怯だと批判する。どこを卑怯だと思ったのかと、プリマリアは冷めた目でルイスを見ていた。
「どうする? この条件が飲めなきゃ決闘なんかぜってぇしねぇぞ? 覚悟がないなら帰んな」
キングゴブリンがにやりと笑う。その笑みを見て、ルイスは覚悟を決めたのかキングゴブリンから提示された条件を飲んだ。
「仕方ない。この決闘、プリマリアのために絶対に勝つ! だからプリマリアも応援してくれ」
「だったらせめて応援したくなるような態度をとって欲しいんですが……」
ルイスはプリマリアを守るために、勝利の意志を胸に抱き戦う事を決める。だが当のプリマリアはやや困った表情を浮かべていた。
「決闘形式は由緒正しき剣闘技で行う。問題ないな?」
キングゴブリンは決闘の形式をルイスに提示する。剣と剣での戦いで行うつもりのようだ。以前ルイスがやってた「おにぎりデュエル」なんて言うよく分からん戦いよりは明確に由緒がある形式であろう。
「……?」
が、ルイスは首を傾げる。キングゴブリンは呆れた様子で剣闘技について説明した。
「剣闘技のやり方を知らねぇのに決闘を挑んだのか? 剣を使って、相手を戦闘不能にするか剣を弾き飛ばした方が勝利だ。大怪我したくねぇなら棒切れでやっても良いぜ?」
「……?」
説明をしたにも関わらず、ルイスはまだ首を傾げている。キングゴブリンは、ルイスの物わかりの悪さに困惑しながらも更に説明する。
「……剣って言うのは、長い刃がある手持ちの武器だぞ。さすがに分かってるよな?」
「……?」
「分かれよっ!? 剣を見たことが無いのは世間知らずにもほどがあるだろ!」
ルイスは何も理解してないようだ。キングゴブリンはルイスの世間知らずさに驚いたようで、思わずツッコミを入れる。
するとプリマリアが。
「いえ。この人は以前に『剣を一振りで相手を倒す』ってのはやった事ありますし、木刀も見たことあります。なので世間知らずと言うより嘘ついているか忘却がエグイんだと思います」
と説明した。ルイスは魔王を倒した時に剣を使ったし木刀の存在も知っている。つまり剣自体は知っているはずなのだ。なので知らない態度を取ってるのは何らかの理由があるのだろう。
「どっちにせよ別ベクトルでやべーな。人間ってこんなのばっかなのか?」
「現状だとあんま否定できません……」
どんな理由であれヤバイ奴には変わりないので、キングゴブリンとプリマリアは眉間にしわを寄せながらルイスや人間のやばさにため息を吐いた。
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