四話 おにぎりギルド

「……いや、おにぎりギルドってなんなの!?」

「おにぎりのギルドなんだろう」

「だから、なんですかそれ!? なんで身分証明証発行するのにここを紹介されたんですか!? 普通こういう時教えられるギルドの基本と言えば、せめて冒険者ギルドとか商人ギルド辺りじゃないんですか!?」

「文化が千年前から変わったのかもな。千年前ならそれらのギルドが一大勢力として知られていただろうが、今はおにぎりギルドが一番メジャーなギルドなんだろう」

「冒険者ギルドはまだしも、おにぎりが商人ギルドより規模が大きくなるってどんな状況ですか!? というかそんなに規模が大きいなら、皆もうちょっと普通のおにぎり作れやしないんですかね!? さっきなんか爆発までしてましたよ!」

「皆、おにぎりは爆発する食べ物と認識しているんだろうな。嘆かわしいことだ」

「なぜ爆発する食べ物と認識されているものがメジャーで煌びやかなギルド建てられてるのかが疑問なんですけど……!」


 おにぎりギルドの目の前で、プリマリアの叫び声とルイスの冷静な声が響く。

 プリマリアはおにぎりギルドを見て、その文化のおかしさに激しくツッコみ続けている。しかしルイスはいたって冷静だ。


「とにかく、入るぞ。登録して身分証明を発行しなければ」

「え、ここでですか!? だめですよ、ルイス様はせめて冒険者ギルドに登録した方がいいですって!」

「冒険者もおにぎりも大して変わらない。なら早い方がいいだろう?」

「一文字すらかすってないですよね!?」


 ルイスはおにぎりギルドの入口へと向かった。プリマリアは必死に止めようとするが、ルイスの足は止まらない。結局、プリマリアもルイスと一緒におにぎりギルドに入る形になってしまった。


***


 おにぎりギルドの中は広かった。いくつかの窓口が並んでおり、何人もの人々がその前を並んでいた。飲食するスペースもあるためか、いくつか並んだイスとテーブルにはいかつい顔の男たちが談笑していた。机に置いてあるものはどこも真っ黒な土くれらしきおにぎりだったが。

 ルイスは入口正面にあるやや目立つ窓口へとまっすぐ向かう。プリマリアも、不安そうな表情でルイスについていく。

 真正面に位置している割にその窓口には誰も並んでおらず、置かれた机の向こう側に眠そうな顔の受付嬢が座っていた。


「あらー、初めて見る顔ですねー。もしかして新規登録しに来たんですかー?」

「あぁ。身分証明を貰えると聞いてな」

「そうですかー。ではお二人とも、こちらの書類に必要事項を書いてくださいー」


 受付嬢がルイスとプリマリアの顔を見ると、二人分の登録用紙を差し出す。


「あ、あの、ルイス様……。私はけっこうですので……」

「いや、人間としての身分証がないと精霊姫だとばれて逆に危険にさらしてしまう場合がある。精霊を狙う輩はたくさんいるからな。嘘をつくのは心苦しいかもしれないが、人間としての身分証を念のため作ってくれ。人間界の文字が分からないなら俺が教えるからさ」

「嘘をつく事よりも、よくわからないギルドで身分を登録するのが嫌なんですよ……」


 二人はそう小声で相談しあった。プリマリアは登録を最初は嫌がったが、最終的にしぶしぶとした顔で書類を書き上げた。


 ルイスとプリマリアは書類を書き終わり、一度提出する。が。


「すみませんがここ、間違ってませんかー? 年齢欄に二十歳って書かれてますが、私の目はごまかせませんよー。あなた、その見た目だとまだ十五歳ぐらいじゃないですかー?」


 受付嬢が、ルイスの年齢欄を指差し確認してくる。


「何? ……あぁ。そう言う事か」


 ルイスは一瞬どういうことだ、と思ったがすぐに気づく。彼は自分が時渡りの輪を使った時に少し若返ってしまったことを忘れていたのだ。


「すまん、こちらのミスだ。十五歳に書き直してくれ」

「はいはーい。分かりましたー。それにしても、若いのに古めかしい字ですねー。まるで千年前の文学みたいな字ですー」


 ルイスは正直に言うべきか一瞬迷ったものの、話した方が後々面倒になってしまうと察したため向こうの言い分通りの年齢に書き換えることにした。




「ぎゃっはっは! 書類もきちんとかけない坊やがおにぎりギルドなんかに来てんじゃねーよ!」


 後ろから、大声が聞こえた。ルイスとプリマリアが振り返ると、おにぎり型の頭巾を被った、にやにやした顔つきのガラの悪い男が立っていた。どうやら飲食スペースからやってきたようだ。ちなみにそれを見たプリマリアは、頭巾がダサいなと思っていた。




「ガ、ガラワールさんー。久々の新規登録者なんですから、落ち着いてくださ……」

「うるせぇ! 俺様はD級おにぎり士だぞ! お前より格上だっ!」

「きゃっ!」


 受付嬢が男を止めようとするが、どやされてしまうと彼女はすぐに逃げるように奥へ引っ込んでしまった。


「なんだお前は」


 ルイスが不機嫌そうに、迫ってきた男に問いかけた。


「俺様はガラワール。このギルドのガラの悪いおにぎり士様だ!」

「ガラが悪いって自分で言っちゃってる……」

「日課は新入りおにぎり士が来ないか見張る事! 趣味はそんな新入りおにぎり士をいじめて追い出すこと! 今回もお前らをいびって追い出すため、わざわざやってきた次第だ!」

「やってきた動機すら自分で言っちゃってる……」

「ちなみに気に入らないにも関わらずおにぎり士として出世しやがった奴は後で裏通りに追い込んで『へへへ、てめぇみてぇな奴はギルドにいらねぇんだよ。野郎ども、こいつを始末しな!』と部下に暴行させるつもりなので、覚悟しやがれ!」

「後々の犯行予告まで言っちゃってる……」


 ガラワールと名乗る男は自分を指さし、自己紹介とやってきた理由と後々の犯行計画をペラペラとしゃべる。プリマリアは合間合間にツッコミをしながら、この人バカなんだろうかと思ってしまった。


「おい坊主ども。ここがどこだかわかってんのか? おにぎりの専門家が毎日おにぎり爆発させる、危険なギルドなんだぞ?」

「危険すぎる」

「毎日自分のおにぎり食べて中毒になって倒れるおにぎり士もあとが立たねぇんだ。おめぇみたいな若造には無理だっての」

「危険すぎる」

「だからびびって漏らす前にさっさと帰りな。さもないとおにぎりの匂いでぶっ倒れるぜ?」

「この都市のおにぎり、劇物すぎない?」


 ガラワールはニタニタと二人を馬鹿にした態度で二人を追い出そうと脅しをかけ始める。ただしプリマリアはそのおにぎりの危険性が謎すぎて、いちいち反応してしまう。


「なんだ。この都市のおにぎり士はこんな低レベルの奴まで混じっているのか」


 対するルイスは、そんな挑発の言葉を放つ。それを聞いたガラワールは、顔にぴきりと青筋を立てた。プリマリアも思わず「え、なんで煽るの?」と口にしてしまった。


「な、なんだとぉ。今なんつった!」

「なんだ? 耳まで低レベルなのか? お前みたいなやつに作られたおにぎりは、さぞ不幸だと思えるよ」

「てめぇ……許さねぇ! おにぎりでぶん殴ってやる!」


 ガラワールは大声でそう叫ぶと、服のポケットから真っ黒な土くれおにぎりを取り出す。そしてそれを手にしたまま殴りかかってきた。

 プリマリアはとっさに「ルイス様、危ない!」と言おうとしたが、ついつい「当然のようにおにぎりを武器にすんなっ!」とツッコんでしまった。


「遅いな」


 しかしルイスはガラワールの隙を見逃さなかった。ルイスは道具袋から炊き立ての米を取り出し、それをぎゅっと握りおにぎりを作り上げた。そしてガラワールの殴打をかわしながら、ガラワールの口の中におにぎりを放り込む。更にガラワールの腕をつかんでひねり上げる!


「あ、あががががが……!?」

「残念だが、護身術は一通り身に着けていてな。その程度のおにぎりじゃ俺は倒せない」


 ガラワールはルイスに腕を無理やりひねり上げられただけで、あえなく動けない状態となった。誰がどう見ても、ルイスの勝ちである。

 

「なんで合間でおにぎり作ったんですか。なんで食べさせたんですか。なんで道具袋に炊き立ての米が入ってるんですか」

「これがおにぎり護身術だ。プリマリアも危険がせまったら真似しろ」

「『腕をつかんでひねり上げる』以外の部分、真似する必要あります……?」


 プリマリアは不必要そうな動作やおかしな部分を指摘したが、どうやらそれらをひっくるめた護身術であったらしい。プリマリアはよく分からない物を見たような表情となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る