第2話 鉄腕の執行者

1 Aパート




 【平日、午前:朝賀あさが邸】



 どのチャンネルに変えても、先日の大学襲撃や遊園地の事件についての報道ばかりだ。いまいち要領を得ない発言をする芸能人コメンテーターたちだが、それでも一応人々の感想を代弁しているのだった。


 誰もがこれらの事件についての全容を把握していないのだ。何が起こっているのか、あれらはいったい何なのか――警察は政府はああすべきだこうすべきだと好き勝手言うのも仕方ないだろう。死傷者が出ているので彼らは揃って真面目な顔をしているが、それならいっそ芸人らしく、当事者の事を考えて笑える冗談の一つでも言えないのかとテレビを観ながらアキスは思う。下らなさに拍車がかかっているぞ、と。


「こいつらは結局、何がしたいんだ?」


「マスコミかの」


 と、アキスの独り言に応えたのは、近所に住む――といってもここは彼の家なのだが――自称発明家の老紳士、朝賀斗白羽としろうである。先日、自宅を前に力尽き行き倒れていたアキスを保護した、ある意味では命の恩人ともいえる人物だ。

 今も、自分では食事の作り方も分からないアキスの朝食を用意してくれた。


「悪の組織の方だよ。大学襲って、自分たちは秘密結社ですって名乗って……それで、各地でこそこそゲリラして――で? 結局何がしたいんだ? 世界征服したいんなら、政治家なり軍事施設なりに手ェ出せばいいものを……やってることなんて、いうなればただの嫌がらせだろ……」


 リアルが充実した人々に何か恨みでもあるのだろうか、という気にさせられる。


「プロモーションかものぉ……」


 コーヒーを淹れながら、白衣姿の朝賀は言う。


「プロパガンダじゃなく?」


「〝出資者〟への宣伝じゃよ。悪の組織といえど、運営していくには資金が要る。それを賄うために出資者を募る……あるいは、出資者に対し、成果の報告を兼ねているのやもしれぬな」


 日本は外国と異なり、軍隊を持たない。地方の警官も常に武装している訳ではない。怪人を暴れさせるにはある意味、都合の良い環境なのかもしれないと博士は持論を語る。


「悪の組織に出資者ね……世知辛いこって……」


「犯罪組織やテロリスト、ああいう戦闘員を欲しそうな連中がいるじゃろう。そうでなくても、トラブルを巻き起こすことでなんらかの利益を得ている権力者がいても不思議じゃないわい」


「だから政治家は腰が重いし、警察も『全力を挙げて捜査しています』?」


「実際、手を出すほどの被害が出ておらんのじゃろ。むしろ、むこうが〝その程度〟に留めているんじゃ。大々的な破壊活動や明らかなテロにまで踏み込まないのは、まだ〝そこまで〟の組織じゃないということなのかもしれんの」


「警察ならまだしも、自衛隊とかに出てこられると、さすがにマズい?」


「そうそう。極端な話、米軍が爆撃すればあんな怪人、瞬殺じゃろう。『世界の敵』になるほどの組織力は持っていないとみるべきじゃろうな。だから、現状はゲリラ活動に留めている。ただ……問題というのは、その実態が明るみになって問題視された時にはもう、往々にして手遅れになるもの。名乗りを上げたということは、大々的に行動していく準備は既に整っているということじゃな」


 つまり、これから急速に発展し勢力を拡大していく恐れがある、と。


「思うに……当初は水面下で事件を起こし、『サンプル』を集め、怪人研究を進めていたんじゃろう。それが実用段階に至り、より効率的に『サンプル』を増やすべく世間に姿を現した――」


「その始まりが、先月の襲撃って訳か」


「実際、あの事件以降、この街では悪い噂が後を絶たん。事件被害者の拉致はもちろん、外を歩けば『この人、探しています』の貼り紙のバリエーションが増えてきておる……。あるデパートなんか、毎日のように迷子のお知らせが鳴り響いているそうじゃ……」


「街の住人が消え、怪人が増える、ね――」


 アキスは先月襲撃された大学の生徒だったという。伝聞系なのは、彼自身にその記憶がないからだ。


 先月――雨の日、この朝賀邸の前で発見される以前の記憶が、そこに至るまでの記憶が何一つない。幸い、というか、記憶を失くす以前の自分は自宅を目指していたのだろう、途中で力尽きたが、近所に住む春原はるはらに発見され、朝賀に保護されたのである。


 事件があってから一ヶ月、自分はいったいどこで、何をしていたのか。


 分かっているのは、大学から消えた人間の一人であること――そして、



『遊園地の防犯カメラの映像です――この黒いシルエットはいったい何なのでしょう? 白い怪人たちと戦っているようにも見えます――』



 現れた、怪人一匹。


 病院には行けない身体になってしまった、ということ。


「なあ、博士。あれ、もう少しなんとかならないか?」


「そんなこと言われてものう……。ワシに出来るのは今のところ、電気刺激で〝変身〟を制御することくらいじゃ」


「せめてこう、服が燃えないように……」


「いっそ、スーツでも作るかの?」


「……いや、いいや。別に、ヒーローになりたいんじゃない。この前のは、仕方なくだったんだ。不可抗力だ」


 世間からすれば――謎のシルエットもまた、怪人の一匹に過ぎない。


「そうと決まればまずは採寸じゃな」


「おい」


「耐火、耐水……しかし通気性がないと体から発する蒸気が内にこもってしまう……」


「人の話を聞けよマッドサイエンティスト。やめろやめろ、メジャー持って寄ってくるな――」


「アキスおるー? 学校まで送ってって――おぉう、これは失礼、朝からお熱いですね――」


「うるせえ何が学校だ。もう昼前だろうが」


「さっき起きたんだもん――というかー、アキスこそ大学はいいのー?」


「む――」




 【午後:喪霜もしも大学前】



 いつまでも引きこもってはいられない――記憶を取り戻すためにも、元の日常に戻るためにも――そう博士に諭され、アキスは一ヶ月前まで自分が通っていたという大学を訪れた。


 こんなご時世にもかかわらず、アキス同様キャンパスへ向かう若者の姿は多く、ここまでの道中にも制服姿の少年少女を多数見かけた。この平和な光景を尊ぶべきか、それとも平和ボケしているとみるべきか――どう評価すべきか、判断はつかない。


 ただ、せっかく平和な環境にいるのだから、恐慌や災禍など知らず、明日は我が身だなんて不安に駆られることなく伸び伸びと平和を謳歌すればいいと思う。毎日の安全についてはそれを考える専門の人たちに任せればいい。刺激は足りないかもしれないが、人生なんてちょっとくらい退屈な方がいいだろう。持て余した時間を費やすためのコンテンツはいくらでもあるのだ。自分探しの旅などしてみようか、と記憶喪失の青年は考えた。


(大学に通うよりは幾分かマシじゃねえかな……)


 一見平和なようだが、それも、それを維持している人間たちの存在あってこそ――ちらほらと、張り詰めた空気をまとった人々が紛れ込んでいる。私服警官というやつだろうか。サングラスにマスク、フードを目深に被ったパーカー姿の不審者を見留めると、警戒心を露わに注視し始める。これはもうあれだ、日陰者は回れ右だ。



「アキス?」



 ――と、逃げ帰ろうとしたアキスと、職質待ったなしだった警官たちの動きが止まる。


「アキスじゃないか、久しぶりだな!」


 俺をアキスと呼ぶのはごく限られた身近な人間だけ――振り返ると、見知らぬ青年が朗らかな笑みを浮かべていた。



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