2 Bパート




 【午後:喪霜もしも大学構内】



 空須磨からすまルークには家族がいない――父親は不明、母親は数年前に病死し、閑静な住宅街で一人暮らしをしている――無駄に広い家の中では、いくら探してもそうした形式的な情報しか得られなかった。

 それまで親交のなかった近所の高校生と自称発明家によると、彼には親しくしている幼馴染みがいたという。


 それが――前野まえの正嗣まさつぐ――空須磨に『アキス』と名付けた青年だった。


(それが、こいつか……)


 大学の前で声かけてきたいかにも明るい大学生ですといった雰囲気の好青年によって、アキスは私服警官たちの包囲を抜け、無事にキャンパスへの侵入を果たした。


 行く先々で女子に声をかけられるその青年こそ、アキスの友人、前野正嗣であるらしい――まったくもって、実感が湧かない。俺みたいな根暗が、こんなヤツと仲良くしていたのか?


 前野は聞いてもいないのにベラベラと――先月の大学襲撃に巻き込まれ負傷し、つい最近まで入院していたこと、アキスがいなくなったと聞いて心配していたことを語った。すれ違う女子たちの反応から察するに、彼もまたアキス同様、事件以来久々に登校するようだった。


(俺がこいつと親しくしていたのは確かっぽいけど――さて、俺がその記憶を失ってるってことを説明しておくべきか。……案外、いちいち説明しなくてもよさそうな感はあるが……)


 ともあれ、知人と出会えたのは幸運だ。とりあえず彼について行けば大学生活もなんとかなるだろう。見様見真似で、覚えていけばいい。そうこうしている内に、何か思い出すこともあるかもしれない。


「ところでアキス、その格好、何? パンク?」


「いや、今更かよ」


 いかにもな不審者といった格好にようやく突っ込んできた。というか、この格好でよく誰だか分かったな。さすが幼馴染みというべきなのか――



「きゃぁああああ――!」



 どこからか響く悲鳴。アキスと前野は顔を見合わせる。前野が走り出し、アキスも遅れて後を追った。



「ネオ・ベータリアンよー!」



 校舎前に現れた、数体の異形――


(くそう、人の行く先々に現れやがって……やっぱり俺が狙われてるのか?)


 アキスはとっさに首のチョーカーに手を伸ばすが――放映されていた防犯カメラの映像を思い出す。遊園地の時とは違い、ここには避難できる建物が複数あるし、この場はそれらに囲まれている。誰が、どこから見ているか分かったものじゃない。現代は監視社会だ。誰もが撮影機器スマホを持っている――そして、情報は急速に拡散し、正体が知られればもうこの国で生きていくことは出来ないだろう――


「こっちだ! 早く!」


 躊躇い立ち止まるアキスと違い、前野は果敢だった。

 怪物に襲われそうになっていた学生を救い、近づく怪物に蹴りまで食らわせる。そうしながら逃げ惑う学生たちに構内への避難を促していた。


「アキス! 僕たちも!」


「あ、あぁ――」


 校門前にいた私服警官たちが駆けつける。この事態を想定して張っていたのか――


(そうだぜ、博士――ヒーローなんて必要ないんだ)


 戦える力が、人々を救える可能性があったとしても――別に、自分が危険を冒す必要なんてないんだ。


 避難するアキスと入れ違うように、一台の装甲車が校門をぶち破って現着した。




 【喪霜大学、強襲一課特殊車両】



 ネオ・ベータリアンの目撃情報を受けて出動中だった強襲一課の特殊車両は、女子大生連続失踪事件を捜査中だった刑事課からの応援要請を受け、喪霜大学に強行突入。後にひんしゅくを買うことになるが、何より人命が最優先だった。


「白昼堂々〝人間狩り〟とは、とんだ素っ頓狂な連中っすね」


「敵は白兵型が五、武装型が一……目撃情報と一致します」


「よし――来谷らいやは援護、繰矢くるやは俺と来い。――いくぞ!」


 警備部特殊事案対策、強襲一課――総条そうじょう大悟だいご以下二名、喪霜大学に突入。手ぶらの大悟と違い、来谷という青年はライフルを、繰矢と呼ばれた女性は腰に刀を佩いていた。


 ――銃声が響いている。


 私服警官が発砲しているが、白貌の怪人は微動だにせず、そのゴムのような体表には傷一つつかない。銃弾はめり込むも、やがてぽとぽとと地面に落ちる。市民への注意を逸らすのがせいぜいだった。


 一方、武装型――他の怪人と異なり全体的に灰色に近い体色をした個体は、銃弾がめり込む以前に着弾した瞬間に弾き飛ばしていた。まるで鎧でも着込んでいるようだ。その胸にライフルから放たれた銃弾が突き刺さるも、その装甲めいた体を貫くには至らない。


「やっぱダメっすわ。武装型は任せます」


 装甲車から降りるなり地面に膝をつき構え発砲した来谷の一発が引き金となり、警官たちは銃撃を止めた。その一瞬に総条と繰矢は校門を抜ける。

 来谷の援護を受けながら、目指すは武装型――立ちはだかるように前に出る怪人の頭部を、総条が手袋をつけた右拳でぶん殴る。よろめいた隙にその首を繰矢が切り落とし、膝をつき動かなくなった個体の胸を来谷が打ち抜けば、怪人は内側から弾けるように爆発四散する。半径二メートルほどに広がる爆発をかわしながら、流れるような連携で軽く二体を屠った。


「これが、強襲一課……対怪人部隊と言われる精鋭か」


「何を惚けている! 民間人の保護! 野次馬への対応! 我々にもやることは山ほどあるぞ!」


「はっ!」


 それぞれに動き始める私服警官たちを横目に、総条は武装型と呼ばれる灰色の怪人に相対する。近づきざまに渾身の右ストレートをその胸にお見舞いするも、硬い。怪人が巨木のような腕を振りかぶる。総条は後退し、繰矢が刀で受けた。その重い一撃に力負けし、繰矢が体勢を崩す。近づいてきた白い怪人の頭部を弾丸が貫く。


「やはり直接〝〟は無理か。頭部を破壊し、全身の弛緩を狙う――来谷、白兵は任せた! 繰矢、援護しろ!」


「「了解」」


「――鉄拳、起動!」


 ガコン! ――とてもじゃないが人体から発せられるはずのない金属音が響く。総条の右腕の前腕部がわずかに肥大し、高熱と共に蒸気を放出する――


「一撃で行くぞォおおおお!」


 再度、突貫。その威迫に圧されたかのように、武装型怪人が腕で防御の姿勢をとろうとした。振り上げたその腕を弾丸が弾く。刀から拳銃に持ち替えた繰矢の支援だ。その隙に、総条は走り、迫り、鉄拳を振り抜く。肘の辺りから蒸気を噴き散らしながら加速、先ほどの数倍の威力を持って怪人の頭を揺さぶった。


 それでも、倒れない。


「おおおおおおお!」


 眼鏡を白く曇らせながら、激突の反動で右腕を弾かれ、後ろによろめきながらも――総条はさらに一歩、踏み込む。拳に力を込める。


 そして――その胸を、内蔵した核ごとぶち抜いた。


 ドォン――重い響きと共に怪人の肉体が、総条の右腕が爆発粉砕する。


 爆発は怪人の背中で起こり――その身が盾となって、総条自身はその影響を免れた。


 が――


「キィィィイイイ――!」


 横合いから白貌の怪人が襲い掛かる。


「些か――」


 その首を断ち切り、胸に刀を突き立てる。


「脳筋が過ぎるかと」


 ――最後の一体が爆散した。


「そういう性格システムなんだ、仕方ないだろう」


 右前腕部を爆失した総条は、左手でヒビの入った眼鏡をクイっと押し上げる。


 総条の意志と共に起動し、鉄の右腕はエネルギーを生成、その脈動が神経接続を通して総条の心臓、脳にフィードバック、鼓動と感情の高まりがそのもの右腕のエンジンを熱くする――自家中毒的に感情とエネルギーを増幅させる、システム。


 総条大悟、鉄腕の男――それが、強襲一課戦闘部隊を率いる刑事だった。



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